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CSTAの気楽な日々

   
カテゴリー「音楽」の記事一覧

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Beatles : Let It Be...Naked 邦題:ビートルズ:レット・イット・ビー・ネイキッド



2003/11/17

 1.Get Back
 2.Dig A Pony
 3.For You Blue
 4.The Long And Winding Road
 5.Two Of Us
 6.I've Got A Feeling
 7.One After 909
 8.Don't Let Me Down
 9.I Me Mine
10.Across The Universe
11.Let It Be

 「冗談で弾いているのかと思った」とは、いつのことかは不明だが、George Harrison を評した Jimmy Page の言葉。Jimmy Page も同様の言葉を投げつけられたとも思えるが、それはさておき George のプレイはなるほどそう思わせるものがある。
 DVDでも発売された Anthology に収められた '65年前後のプレイを見ると、さもありなんである。どうしてあんなにつっかえるのかなぁ、、、。 '66年夏を最後に Beatles はライブ活動を休止するが、その大きな理由は George にあるのではと、勝手に想像してみる。当時はまだPAがなかったので、プレイ中に十分に音が聞こえなかったかもしれないが、 Paul は George を詰らなかったのだろうか。まぁまぁまぁなんて George の良き兄貴である John が中に入ったりして。とにかく George のプレイはかわいそうなほどイタイ。アルバムの1枚目や2枚目はそれ以前からのプレイも活きてそれなりにこなしているが、3枚目辺りからは技量が落ちたように思えるほどだ。いつ練習できるんだというよな生活だから仕方がないかもしれない。
 George の不幸の一つには、二人の天才を擁する人気バンドの中にいた平凡な人間であったことだ。同じグループのベーシストの方がギターの腕前は上だった。まして弾きながら歌うなんて器用なことが、その二人ほどにもできなかったし、もちろん曲もそれほど書けなかった。事実として、"Ticket To Ride" のリードを Paul に譲ったのがきっかけかどうかは別にしても、自作の "Taxman" のリードも Paul に、そして"While My Guitar Gently Wheeps" は Eric Clapton にリードを譲っている(というか、チョーキングがどこまでできるのかすら疑問な George には弾けなかったのだろう)。ギターだけでなく、シタールを取り入れた。これは George の功績と言っても良いが、George が最初でなくても早晩、誰かが入れただろう。そのシタールにしても、後から手にしたはずの器楽の天才 Brian Jones (Rolling Stones) が軽々と弾きこなしてしまう。プレイヤーとして悶々たる日々を送っていたのではないか。
 あと一つの不幸は、Yoko の出現だ。Beatles の4人の中では、末弟 George を長兄 John が可愛がるという構図があった(と見る)。George にとっては音楽的には何にも敵わない真ん中のお兄ちゃんの Paul が、時として責める(って感じじゃなかったのかなぁ)。Paul にとってはそんな気がなくても、巧く弾けない George には責められているような状況だっただろう(と、想像は続く)。後からやってきた親戚のお兄ちゃんの Ringo はちょっと距離を置いていたかもしれないけれど、John はそんな George の支えであった。しかし、そんな John も他のメンバーにとっては理解不能な Yoko にべったりとなってしまう。末弟のことなど構ってられるかって状況だ。映画 "Let It Be" の中では Paul と George の口論めいたシーンがある。George のギターが歯痒い Paul が指導めいたことを言うと、George が捨て台詞を吐く。「言われたとおりに弾くよ」と。恐らく Paul は口にこそ出さなかったが、「言われたとおりに弾けないくせに」と思った(と、さらに想像してみる)。かつては取り成してくれた John は、碧の黒髪靡かせた得体の知れないおばさん(と、George から見て)とべったりで、相手にもしてくれない。George は末弟よろしく駄々をこねて脱退をにおわす。「代わりに Eric Clapton を入れれば良い」。
 Geroge の幸せは、理解力のあるメンバーがそろっていた Beatles の最年少メンバーだったことだ。インドに傾倒しても、取り敢えずインドまで付いて来てくれるし、インド音楽だってアルバムに入れてくれる。脱退をにおわしても、悪者にはならなかった(結局、皮肉なことにも最も Beatles を継続したかった Paul の脱退で、Paul が悪者になる)。そして Paul も後で自分のギターに入れ替えるなんてこともせずに、最後まで George のギタープレイを活かしてくれた。誰もが George を温かい目で見続けてくれたし、誰か他に代えようなんて思ってもいなかっただろう。しかし George にはそこまでの謙虚な自覚は感じる余裕すらなかったのではないか。二人の天才と己のギャップにあがき続けた George の、Beatles に在籍することが苦痛でもあった凡人たる所以である。
 そんな George のギターの音が聴いててつらい作品になってしまったのがこのアルバムである。確かに、Phil Specter によるごてごてした装飾は、Paul の当初の意図に外れることはあっても、イタイところを多少は誤魔化す努力の結果でもあった。これは Naked ということで、誤魔化しは少ない。残念なのは、当時のメンバーの状況からベストテイクを残せなかったことである。Beatles でなければ、そしていくつかの名曲が入っていなければ、そう、単なる無名バンドの、または凡人による "For You Blue" や "I Me Mine" 程度の曲の集まりであったら、再レコーディングが必要な駄作と評されるだろう(というか、評価の対象にもならないかも)。
 なぜこういう形でCDとして陽の目を見ることになったのかは不明だが、前宣伝のし過ぎではなかったか。CDも業界全体の売り上げが落ちている。雑誌もそうで、音楽関連出版社による特集も目立った。ケータイの使用料が格安にならない限り、現状ではどちらも全体の売り上げを大きく上げるのは難しいかもしれないが、ここで Beatles でもって儲けなければ、なんてったって永遠のドル箱だものということか。前宣伝で期待を膨らませると、そのギャップに悩むことになる。
 "The Long And Winding Road" は Paul が意図した形になったのだろうなと思う。Phil Specter にオケやらコーラスを入れられたことが不満であるとした Paul の話を聞いて、'76年に Wings でプレイしたものを収めた "Wings Over America" での "The Long And Winding Road" の方が、演奏としても上ではないか。ギターの音が時々耳障りな感じがある。もっと気合入れて弾けよと。
 それでも、最初に出た "Let It Be" と比べて、シンプルな面と、メンバーの言葉遊びなどがなく、スタジオライブ的なアルバムとして聴くことができる。また、"Maggie Mae" や "Dig It" が入ってない方が良いという意見もあるだろう。その代わりに "Don't Let Me Down" が入っているし。ただ、曲順が少し気になる。映画では "Get Back" が最後だったが、やはりここでもそうして欲しかった。アルバムを通してすんなりと聴くことができる構成にはなっているが、最後の "Let It Be" のギターでこけてしまう。イタイ。そのイタサを考えていると、ここまでの長文になってしまった。因みに "Get Back" のリードは John である。
 最後に、もし George の代わりに Eric Clapton がメンバーだったら、、、と想像してみるのも良いかもしれないが、配偶者だけじゃなく、最も人気とカリスマ性のあるバンドのメンバーの地位までもが Eric Clapton のものになったとしたら、あまりにも酷であるので、今のところは考えないようにしよう。
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King Crimson : In The Court Of The Crimson King 邦題:キング・クリムゾン:クリムゾン・キングの宮殿


1969/10/10 (UK)
1.21st Century Schizoid Man including Mirrors
2.I Talk To The Wind
3.Epitaph including March for No Reason
  and Tomorrow and Tomorrow
4.Moonchild including The Dream and The Illusion
5.Court Of the Crimson King
  including The Return of The Fire Witch and
  The Dance of The Puppets

 プログレッシブ・ロックというロックのカテゴリーがある。特に定義はないと思うが、どんなものかと聞かれれば、まずはこのアルバムを聴いてくれということになる。50年代に登場し、60年代に社会的にも音楽的にも広がりを見せ、70年代を迎えようかという中にあって、当時のロックの枠から外に出ようとした音楽である(そう、70年代に入る前にもうロックの枠なんてあったんだ)。ということで「進歩的」なロックという名を冠せられたが、何が「進歩的」だったのか。
 いくつかの特徴が挙げられるが、楽器構成の違いと曲の構成の違いが大きなものとして挙げられよう。楽器構成は、従来主流であったギター、ベース、ドラムスに加えて、キーボードまたはオルガンの比重が高まり、60年代中盤に取り組まれた実験的な楽器の使用頻度も高められた。曲の構成については、クラシックや現代音楽からの大きな影響や融合が見られ、基本的にはロックを立脚点としてロックやクラシック、そしてジャズといったジャンルの境界線を越えるものであった。もしロックの枠というものがあるとすれば、それは売り手の論理でカテゴリーとして分けられていたわけで、表現者や聞き手のカテゴリーとしては意識しなくても良いということを明らかにしたとも言える。
 それが可能になった背景には、60年代を通じて大きくなったマーケットの変化にある。ロックのマーケットは当初、3分間の音楽に対価を払うものであった。シングル盤の中心の市場であり、それを取り上げるラジオやTV、ジュークボックスなどなどであった。それが60年代半ばに変質していく。ブリティッシュ・インヴェイジョンを契機とするロックの市場の拡大は、アルバムが市場性をもちその重要性が高まった。アルバムはシングル盤の寄せ集めでなく、新たに投資をしてアルバムを製作してもビジネスとして成り立つようになった。その取り組みの一端が Beatles "Revolver" や "Sgt. Peppers'"、 Beach Boys "Pet Sound" などを嚆矢として認知されていった。
 これらの成功事例を元にして、アルバムをベースとした音楽作りが可能となった。シングル盤の3分(それを延ばしても数分)の枠を超えて、A面B面各々二十数分ずつの時間を視野の中に入れた曲作りに変わっていった。
 曲の構成の違いの背景として、検証は行ってはいないが、こういったものが挙げられよう。
 楽器構成の違いという点では、電気楽器、電子楽器の発達が上げられる。フェンダーやギブソンのエレキギターの確立は50年代と言える。それが60年代に主流となるが、その60年代には鍵盤を使用した電気楽器の発達が大きなものだった。そしてその後のシンセサイザー(電子楽器)の発達につながっていく。
 新しいものへの取り組みということは、常にロックの大きな精神の一つである。60年代も半ばを過ぎるとサイケデリックの波の中で、新たな試みがいくつも行われ、その動きの中で、プログレシッブ・ロックの登場も必然であったと言えよう。
 このアルバムはショッキングなものであったに違いない。リアルタイムで経験していないから想像でしかないが、それはアルバム・ジャケットだけをとってもうかがうことができる。今をもってしても、ロック史上最もインパクトのあるアルバム・ジャケットの一つに挙げられよう。
 そして最初の曲が "21st Century Schizoid Man including Mirrors" である。邦題は「21世紀の精神異常者ミラーズ」とあった。今は「21世紀のスキッツォイド・マン」なんて「言葉狩り」または「歴史の歪曲」を行っているが、カタカナ表記よりも全て日本語で表記した方がインパクトがあるので、どうせなら「21世紀の精神分裂病質者ミラーズ」とでも「言い換え」ても良かったのかもしれない。どっちでもいいことだけど。
 その出だしからまたまたインパクトがあるのだ。一度聴いたら忘れられないイントロのベスト5に入るかもしれない(Queen "We Will Rock You" も入るね)。そしてファズをかけた声。確かに全てがプログレシッブだ。
 対照的な "I Talk To The Wind" の配置が良い。"21st Century Schizoid Man including Mirrors" と同様の曲が連続していたら、プログレッシブではなくなったかもしれない。 "Epitaph" はこのアルバムの中心核である。ここに至るまでの流れで、最初のアルバムにしてここまで作り上げてしまって良かったのかと、余計な心配をしてしまう。結局いつまでたっても King Crimson はこのアルバムが一つの桎梏となったとも言える。
 通常の会話ではあまり出てくることのない"Epitaph" とは「墓碑銘」の意味だが、こういうテーマを詩に持ってくるあたりもプログレッシブたる所以である。"Confusion will be my epitaph. If I fear tomorrow as I'm crying" などという、「混乱」と「墓碑銘」の対比、"will be" という明確さに対する "I fear tomorrow" という不安定さを混ぜ込んで "I'm crying" と続くフレーズがまさにこのアルバムの主題であり、聴くものの頭の中に残っていく。
 それにしても、この曲の中で聞こえてくるチン・ドン・シャーンという繰り返しが、なんだか子供の頃聞いた天理教のと同じです。
 先にも書いたけど、King Crimson は、プログレッシブ・ロックを代表するとも言えるこのアルバムがファーストであったがために、いつまでもこのイメージと付き合うことになる。
 因みに今でも「ビートルズの『アビー・ロード』を抜いてイギリスのチャートの1位になった」アルバムとして紹介されることがある。これ、日本だけの紹介の仕方だが、実は証拠がない。どのチャートかも不明だし、どこかのローカルな小さなチャートという噂もある。それがどういうわけか日本でだけこういう紹介のされ方がいまだに続いていて、しかも話が大きくなって全英チャート(って本当に何のチャートだよ)ということにまでなっていたり蹴落としたという表現になっている。少し調べてみると、1969年と翌年の "Music Week" または "New Musical Express" のどちらかの年間チャートにはビートルズの『アビー・ロード』はランクインしているが、このアルバムはランクインしていない。そもそも信憑性のない話のように思える。このアルバム発売当時の日本へ入ってくるイギリスの音楽事情からいくと、結構いい加減な情報をそのまま検証もせずに宣伝文句に使った気もする。こんないい加減な話を吹聴した音楽評論家の言葉を長い間信じていた自分が情けない気がする。
 ここで私は、このことでもってこのアルバムの評価を下げようという意図はまったくなく、日本だけにあるヘンな説をそろそろ葬り去りたい気がしているだけだ。ビートルズの名を借りた宣伝文句を使わなくても、このアルバムの評価は揺るぎない。
 他にも『アビー・ロード』の次にイギリスで1位になったアルバムとしてローリング・ストーンズの『レット・イット・ブリード』が挙げられることもある。これも証拠調べはしていないが、こちらはどちらかのチャートでそうなっていそうでもある。ついでながら全米チャートではビルボードもキャッシュ・ボックスもレコード・ワールドもいずれも時期は違うがレッド・ツエッペリンのセカンド・アルバムが『アビー・ロード』の次に1位になっている。
 話は変って、東京新宿の中では少し寂しい西新宿の大久保方面への通りにロフトというライブハウスがあり(あった?)、その周辺にはブート(海賊版)や中古盤、輸入盤を扱う店が多く、90年代になっても70年代の雰囲気を残したような一角であったが、今はどうなんだろう。そんな中で道路に向けてこのジャケット写真を大きく出している店があった。ロックマニア向けの本が少し充実している小さな書店は、某宗教団体系の大型書店の出店のあおりを受けて閉店したが、あの辺りには10年ほど行ってない。それから、吉祥寺という町の中古CDショップの入ったビルにも同様に、このジャケット写真が Velvet Underground and Nico のジャケットなどとともに貼り出されている。
 このアルバムはやはり高校生ぐらいにならないと聞けないのかなぁ。高校の時にやはりはまった同級生がいた。それで良かったのか、少し責任を感じないわけでもないが、当時ですら既に発売後10年以上も経った音楽にはまっても、とここまで書いた時、100年以上も前の音楽ばかり聴いているよりは良いのだろうと思い直した。
 ともかく、プログレに興味を持った人、ロックの通を気取りたい人は聴かないともぐりです。

Beatles : Let It Be 邦題:ビートルズ:レット・イット・ビー


1970/05/08 (UK)
 1.Two Of Us
 2.Dig A Pony
 3.Across The Universe
 4.I Me Mine
 5.Dig It
 6.Let It Be
 7.Maggie Mae
 8.I've Got A Feeling
 9.One After 909
10.The Long And Winding Road
11.For You Blue
12.Get Back

 ビートルズ最後のアルバムとされるが、最後に発売されたためで、レコーディングされたのは"ABBEY ROAD"の方が後。アルバム発売に至るまでにいろいろとあったようで、それは多くの本に記されているが、結果としてバラバラな4人が何とか1つのバンドとして演奏しようとしているといった印象を受ける。
 タイトルの"Let It Be"以外にも"Across The Universe", "I've Got A Feeling", "The Long And Winding Road", "Get Back"などなど、名曲も多く、もし4人がもっとまとまっていたらさらにすごくなっていたのだろうかと思ってしまう。もしそうであったら、"Two Of Us"などはPaulとJohnの2人が歌っているところからPaul1人の箇所でPaulの妙に力が入った感じを受けてしまうのも、違った形になったかもしれない。このアルバムを"ABBEY ROAD"を作るぐらいの力の入れようで作っていたら、、、。でもそれができるのなら解散していなかっただろうし、当時はそこまでの熱意もなかったんだろう。このアルバムから感じるそこはかとない寂寥感にも似た感じを含めて、"LET IT BE"なのだろう。

Beatles : Abbey Road 邦題:ビートルズ:アビー・ロード


1969/09/26 (UK)
 1.Come Together
 2.Something
 3.Maxwell's Silver Hammer
 4.Oh! Darling
 5.Octopus's Garden
 6.I Want You (She's So Heavy)
 7.Here Comes the Sun
 8.Because
 9.You Never Give Me Your Money
10.Sun King
11.Mean Mr. Mustard
12.Polythene Pam
13.She Came in Through the Bathroom Window
14.Golden Slumbers
15.Carry That Weight
16.End
17.Her Majesty

 最後にレコーディングされた作品。ジャケット写真に使われた横断歩道はEMIスタジオ前のもので、以来「世界で一番有名な横断歩道」となっているのだろう。因みにタクシーで"Abbey Road"と言えば、"Yeh! Beatles!"と言って、きちんと案内された。
 最後に1枚底力出そうぜといった感じで作成したのか、トータル・アルバムとしてのきらめきを持っていて、"SGT. PEPPER'S"と並んでトップ・アルバムに押す声が多い(ようだ)。トータル・アルバムと書いたが、別に何かテーマがあるわけでもない。ただこの時期のビートルズの最後の力を注ぎ込んだ結果からか、アルバムを通して違和感のないトータルな響きが実感できるという意味である。最初の"Come Together"のイントロから、最後の"The End"のギターが終わるまで、なんとなく透明感のあるサウンドに満ちている。
 但し、"SGT. PEPPER'S"のようにスタジオで時間と手間を一杯かけてという作りではない。アナログ盤A面(1-6)は基本的にジョン中心に、B面はポール中心にレコーディングが進められたようだ。とは言え、シングルA面にしたいとの意向で"Maxwell's Silver Hammer"にポールはかなりご執心だったようで、他のメンバーが呆れるほど何テイクも録ったようだ。結果的にシングル・カットしなくて良かったのだが。
 A面はビートルズらしく各メンバーの曲をバランスよく並べていった構成だが、あえて難点を言えば最後の"I Want You"が少しくどいという所だろうか。ジョンは初期の頃は本当にロックン・ローラーだったが、後期にはブルージーな面も見せていて、この曲もその雰囲気満載だ。
 B面は全てがメドレーと言って良いほどな構成で、ポールお得意のパッチワーク的なアプローチによるものだが、次第に圧巻となって最後へと流れていく。この部分は、もう本当にビートルズが終わりなんだと、既に終わっていることを知りつつもそれを印象付ける。"Because"のイントロ辺りから、この後がすごいんだ、聴きたいんだなこれがという気持ちと、聴いた後に感じる「これでビートルズが終わった」という印象を想起させる部分とが交錯するというジレンマに陥る。
 最後になってやっとGeorgeが花開き、"Something"と"Here Comes The Sun"を収めているのと、ロックのメジャーなアルバムとしては初めてシンセサイザーを使用している(気づかないかも)という点でも、続きがあればなんて思ってしまう。
 "The End"が終わって20秒ほど経ってから、短い"Her Majesty"が入っている。最後に軽く終わらせるのも、らしくて良い。
 これは本来は"Mean Mr. Mustard"と"Polythene Pam"の間に入っていたが、ポールが不要と判断し、エンジニアがテープをカットしたものだった。そのために"Her Majesty"の冒頭部分に"Mean Mr. Mustard"の最後の音がかぶって聴こえる。そしてリーダー・テープを付けて本編のテープの最後に付けておいたものらしい。本来ならアルバムに収録されるはずもないのだろうが、EMIのスタジオでは何でも捨てない方針だったので、そのまま残ってしまった。"Her Majesty"の前の20秒はリーダー・テープの部分のようで、結局はそれを聞いたポールが残しておいた方が良いと判断したようだ。結構良い判断だったかもしれない。

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