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    <title>CSTAの気楽な日々</title>
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    <description>気楽に考えていることや過去記事（終了サービス）の再アップロード（音楽レビューやアクアリウム）等</description>
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    <title>Yellow Magic Orchestra： X∞MULTIPLIES 増殖</title>
    <description> 
1980/06/05


&amp;amp;nbsp;1.ジングル&amp;amp;rdquo;ワイ・エム・オー&amp;amp;rdquo;&amp;amp;nbsp; Jingle &amp;quot;YMO&amp;quot;
&amp;amp;nbsp;2.ナイス・エイジ&amp;amp;nbsp; Nice Age
&amp;amp;nbsp;3.スネークマン・ショー Snakeman Show
&amp;amp;nbsp;4.タイトゥン・アップ...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<img src="//hidekicsta.asukablog.net/File/jacket5.jpg" alt="" /> <br />
1980/06/05<br />
<br />

<div>&nbsp;1.ジングル&rdquo;ワイ・エム・オー&rdquo;&nbsp; Jingle "YMO"</div>
<div>&nbsp;2.ナイス・エイジ&nbsp; Nice Age</div>
<div>&nbsp;3.スネークマン・ショー Snakeman Show</div>
<div>&nbsp;4.タイトゥン・アップ</div>
<div>&nbsp; &nbsp;Tighten Up (Japanese Gentleman Stand Up Please)</div>
<div>&nbsp;5.スネークマン・ショー&nbsp; Snakeman Show</div>
<div>&nbsp;6.ヒア・ウイ・ゴー・アゲイン～タイトゥン・アップ</div>
<div>&nbsp; &nbsp;Here We Go Again ~ Tighten Up</div>
<div>&nbsp;7.スネークマン・ショー&nbsp; Snakeman Show</div>
<div>&nbsp;8.シチズンズ・オブ・サイエンス&nbsp; Citizens Of Science</div>
<div>&nbsp;9.スネークマン・ショー&nbsp; Snakeman Show</div>
<div>10.マルティプライズ&nbsp; Multiplies</div>
<div>11.スネークマン・ショー&nbsp; Snakeman Show</div>
<div>12.ジ・エンド・オブ・エイジア&nbsp; The End Of Asia<br />
邦題：イエロー・マジック・オーケストラ『増殖』<br />
<br />
<br />

<div>　１９８０年という年はなんだか明るかった。 "Japan As No.1" なんて言われて調子に乗っていた頃で、漫才ブームに浮かれて日本中お笑いの渦に巻き込まれていた。音楽方面では１月に Paul McCartney がマリファナ不法所持で成田で逮捕され、Wings の公演が全てキャンセルされたことに始まり、１２月には John Lennon がＮＹの自宅前で射殺されてしまう。その間、日本ではテクノブームだった。私は漫才ブームとテクノブームにどっぷり浸かった楽しい高校生活を送っていた。</div>
<div>　この年の日本の音楽業界は初めての経験に近いものがあったのかもしれない。ＴＶＣＭで一般に火が付いたとは言え、シングルヒットなしのアルバムセールスで、当時のヒット番組「ザ・ベストテン」に入らないＹＭＯのアルバムが、このアルバムも含めて４枚全てが、年間のアルバムチャートの上位に入った。１アーティストのアルバムがこんなに集中的に売れたのは初めてかもしれない。それも多くがインストか、少なくとも歌で売っている曲ではない。これも初めてだろう。そしてこのアルバムのように２５ｃｍという変則型で何十万枚も売れる。しかもお笑いも入っている。ＹＭＯがブームとなったこの年の異常さは際立っているかもしれない。</div>
<div></div>
<div>　このアルバムはＹＭＯが売れ出したことで、２月に発売されたライブ盤『Public Pressure（公的抑圧）』の続編をアルファレコードが企画したことから、スタジオ録音２枚にライブ２枚は異常と細野晴臣からの逆提案でミニアルバムとして製作されたようである。だから少ない曲数を埋めるために高橋幸宏のアイデアで曲の間に当時知る人ぞ知る存在だったスネークマン・ショウを入れることにしたらしい。それでも当時のＬＰサイズ３０ｃｍに満たない時間なので２５ｃｍという変則にし、作るのも面倒だから限定生産にしようとしたらそれ以上に売れてしまったらしい。８０年のＹＭＯブームは売る側の予想をはるかに超えるものだったのだろう。確かに私の周囲にもスネークマン・ショウの部分のみで聞いているようなのも居た。</div>
<div>　曲は前作「Solid State Survivor」のＢ面（アナログ時代）の後続という感じで、高橋幸宏のヴォーカルを強く出したものとなっている。</div>
<div></div>
<div>　当時のエピソードの一つに、Paul McCartney とＹＭＯとのセッションという話がある。もし Paul が逮捕されなかったらセッションが実現していたらしい。仮にこのセッションが実現していたとしたら、このアルバムも違ったものになっていただろうし、Paul がこの年に出す "McCartney II" も違っていただろうし、それ以前に Wings は解散しなかったかもしれないし、その頃ＹＭＯの音を結構意識して曲作りをしていた多くのＵＫのミュージシャンにも何らかの影響を残したことだろう。</div>
<div>　だが現実には Paul は拘置所の中で "Yesterday"　を歌ったに過ぎなかった。とは言え、このアルバムに Paul のメッセージが入っている。</div>
<div>　Wings 一行と来日した（というか日本に戻ってきた）日本人が居る。元サディスティック・ミカ・バンドの福井ミカだ。Paul と Linda は John に会ってから来日ということで、ＮＹ経由の別便だったらしいが、その前にミカは Paul に日本ではドラッグに厳しいのでと注意をしていたらしい。しかし荷作りを担っていた Linda が入れてしまったらしい。それを Paul が全て被っての拘置所入りらしいが、Beatles 時代からどこに行くにも税関を通らない生活をしていたのだから、日本でも大丈夫と思っていたのかもしれない。</div>
<div>　Paul は拘置所で２２番と呼ばれ、味噌汁を飲んで点呼を受けていたのだが、レコーディング中のＹＭＯのアルバムに何か入れようということになり、Linda のメッセージ "He's Coming Up Like A Flower" を入れたのである。</div>
<div>　"Nice Age" の中のニュース速報の女性の声はミカで、「２２番は今日で一週間経ってしまいましたけれども、でももうそこには居なくなって、彼は花のように姿を現します。　Coming Up Like A Flower.」というのがそれだ。そして一週間の拘置で釈放された Paul の復帰作は "Coming Up" だった。</div>
<div>　（参考文献：福井ミカ『ミカのチャンス・ミーティング』）</div>
<div>　当時は誰の声だろうなんて話題になった。</div>
<div></div>
<div>　このアルバムで漫才ブームにも呼応したようにスネークマン・ショウが話題になり、最初はＹＭＯの３人が演じているのではなんていう憶測もあったほどだった（「だ、だぁれぇ」と言っているのは坂本龍一だとか、ハヤチヤマンペイは細野さんだとか。確かに細野さんはこの物真似を結構やっていたようだが）が、一躍有名人となってその後のスネークマン・ショウのアルバムも売れに売れるのは、レコード会社にとっては本当に予測外のことだっただろう。なお、８０年にはこのアルバムの中のスネークマン・ショウに出てくる（関係する）大平正芳首相、林屋三平、パンダが相次いで亡くなっている。何か関係あるのかとまで噂を呼んだ。余談ついでだが三平を「昭和の爆笑王」と称するのは江戸落語界にとっては迷惑な話だろう。ここでのハヤチヤマンペイは三平の本質をえぐっている。</div>
<div></div>
<div>　音楽的には上にも書いたが、ヴォーカルを強調したロック色の濃いものが多いが、この後濃厚となっていく売れることから来る精神的不安定さを感じさせる部分もある。</div>
<div>　坂本龍一の「千のナイフ」収録の "The End Of Asia」をかなり日本調というか時代劇調、昔話調にアレンジしているのが面白い。同年のライブではかなり攻撃的なアレンジだったが、このアレンジのものでもう少し長く収録して欲しかったと思う。</div>
<div></div>
<div>　この年は、このアルバム以降６／２１に高橋幸宏「音楽殺人」、７／２１に坂本龍一「War Head」（シングル）、９／２１に坂本龍一「B-2 Unit」がソロで出され、９／２５の加藤和彦「うたかたのオペラ」に全面参加、それに加えてワールドツアーに年末の武道館まで、メンバーはいきなり多忙を極めた状況だった。</div>
<div>　何はともあれ、このアルバム最後の声、「あ～、日本は良い国だなぁ」という１９８０年だった。<br />
<br />
</div>
</div>]]></content:encoded>
    <dc:subject>音楽</dc:subject>
    <dc:date>2024-12-01T18:41:36+09:00</dc:date>
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    <title>Yellow Magic Orchestra：Solid State Survivor</title>
    <description> 
1979/09/25


1.テクノポリス&amp;amp;nbsp; Technopolis
&amp;amp;nbsp;2.アブソリュート・エゴ・ダンス&amp;amp;nbsp; Absolute Ego Dance
&amp;amp;nbsp;3.雷電&amp;amp;nbsp; Rydeen
&amp;amp;nbsp;4.キャスタリア&amp;amp;nbsp; Castalia
&amp;amp;nbsp;...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<img src="//hidekicsta.asukablog.net/File/jacket3.jpg" alt="" /> <br />
1979/09/25<br />
<br />

<div>1.テクノポリス&nbsp; Technopolis</div>
<div>&nbsp;2.アブソリュート・エゴ・ダンス&nbsp; Absolute Ego Dance</div>
<div>&nbsp;3.雷電&nbsp; Rydeen</div>
<div>&nbsp;4.キャスタリア&nbsp; Castalia</div>
<div>&nbsp;5.ビハインド・ザ・マスク&nbsp; Behind The Mask</div>
<div>&nbsp;6.デイ・トリッパー&nbsp; Day Tripper</div>
<div>&nbsp;7.インソムニア&nbsp; Insomnia</div>
<div>&nbsp;8.ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー&nbsp; Solid State Survivor</div>
<div>邦題：イエロー・マジック・オーケストラ　『ソリッド・ステート・サヴァイヴァー』<br />
<br />
<br />

<div>　初めてＹＭＯを聴いたのはいつだったかは実は記憶にない。いつ知ったかもトンと記憶がない。ただ、雑誌か何かで自分で発見し、聴いたような気もする。古い記憶を辿れば、King Crimson の「宮殿」を薦めてくれたプログレ好きな世界史教諭に、「最近出たイエローがすごい」なんてことを言ったのが、恐らく '79年の終わり頃か '80年の始め頃なので、このアルバムの発売の後なのは間違いない。レコード店でこのアルバムのジャケットを見つけてなにやら変だが何かありそうで買ったような気もする。ついでながら、当初はＹＭＯとは言わず、「イエロー」とか「イエローマジック」と呼ばれていたように思う。</div>
<div>　ただ、すぐにハマった。何しろこれまで聴いたことのない音ばかりなのだ。これまではあくまでも電気楽器中心の音だったのが、電子楽器中心の音なのだ。それまでは Queen や Boston の "No Synthesizer" に共感していたのだが、一気に宗旨変えをしてしまい、Roland のカタログを見てはため息をついた。それまではシンセサイザーといえばどちらかと言えば添え物であり、効果音を生む楽器みたいな存在で、そのようなものに頼らずに人力（これまでにある楽器）で聴いたこともないような音を出すことに魅力を感じていた部分もあったが、そんなものは吹き飛んでしまい、こんなにすごいものかという印象が一気に宗旨変えを起こさせた。</div>
<div>　これまで聴いたことのない音の洪水、音の連続というのは、それほどインパクトがあった。シンセサイザーによる新しい時代の幕開けのような印象を受けていた。シンセサイザーの音色、シーケンサーによる人間業でない演奏、ヴォコーダーの声、シンドラの音などなど。</div>
<div>　自分の子供を見て思う。生まれた時にはもう既にこれらの音があり、自分が受けたような新鮮な感動を受けることがないのかと。</div>
<div></div>
<div>　ＴＶで細野さんが語っているのを観たことがあるが、コンピュータ（シーケンサー）を手にした当初はアイデンティティの崩壊が訪れるらしい。つまり、これまで自分がやってきたことはなんだったんだと。一所懸命体でプレイしてきたことを、機械がやってしまうことによる、ミュージシャン不要という考えから来るアイデンティティの崩壊。これを乗り越えられない人は最初は手が出せなかったのではというような意味のことを語っていた。今では普遍化したからそんなことはないのだろうが、人間誰しも概念形成後にそれを打ち破るものに出くわした時、それを受け入れるか拒絶するかの大きな選択が待ち受けているもので、最初と言うのはそういうものなんだろう。だから、"No Synthesizer" なんて拒絶組も結構居たのだと思う。ま、電気楽器が出た時も、そういう拒絶組みって居たわけだし。</div>
<div></div>
<div>　このアルバムはアナログ時代のＡ面とＢ面とで、少し違う面を見せている。１～４までは基本的にインストで、ファースト・アルバムからの延長線上に位置するといった印象だが、５以降はその次に続く、よりビートの効いたロックな作りとなっている。</div>
<div></div>
<div>　「テクノポリス」は富士フィルムのカセットのＣＭで流行ったが、何と言っても「TOKIO」声と、少しずらしながらの "T E C H N O P O L I S" が印象的だった。坂本龍一が歌謡曲を分析して作った曲ということだが、基本的に日本人のリズムに合うようになっていたのだろうか。ＹＭＯは当初は細野さんの戦略からか、日本人が体を自然と動かすようなリズムをベースにしていったように思う。それが次の「アブソリュート・エゴ・ダンス」に顕著に現れている。サンディによる沖縄の掛け声と共に、黒潮文化というべきリズムを刻んでいるのだ。</div>
<div></div>
<div>　「ライディーン」は高橋幸宏の鼻歌から出来上がっていったようだが、最もキャッチーなメロディでＹＭＯの代表曲のようになってしまった。この中の遊びとしては、途中のシンドラ連打や足音のような音などがある。これまでＳＥ（Sound Effect）的なシンセくらいしか耳にせず、シンドラなんて初めて触れるようなものにとっては、とんでもない邂逅であった。「キャスタリア」は実は、このアルバムの中では「インソムニア」と並んで地味印象を受けるが、ある意味最もＹＭＯ的な要素を含んであるのかもしれない。この後の『ＢＧＭ』以降にもつながるという意味で。</div>
<div></div>
<div>　「ビハインド・ザ・マスク」は後にマイケル・ジャクソンが手を加えたが、ポール・マッカートニーと一緒に「ガール・イズ・マイン」や「セイ・セイ・セイ」をやることになり中に浮いた形になっていたのをエリック・クラプトンがやることになるが、そのアレンジは坂本龍一のライブでも聴くことが出来る。最初に聞いた頃は覚えやすく頭の中に響き渡るイントロのメロディと坂本龍一のヴォコーダーの声が印象的だった。</div>
<div></div>
<div>　「デイ・トリッパー」はどういうわけかビートルズのカヴァーで、ディーヴォの「サティスファクション」と退避して語られることが多いが、ビートルズをこのように演ってしまうという点が当時は斬新だった。この無機的、機械的、当時なんとなく抱かれていた近未来的（２１世紀には誰もが銀色のスーツを着ているようなＳＦ漫画的な近未来）なビートルズの解釈といった受け止め方で、逆にオリジナルが非常に人間臭く感じられるほどだった。鮎川誠のギターもその中ではある種突き放したようなアバンギャルドな味を含んでいた。続く「インソムニア」は前の２曲で上がってきたテンションを少し落ち着かせながらも不安定な未来へ続くような音が流れ、また琴の音を思わせるような音色が「アブソリュート・エゴ・ダンス」にも共通する日本または東洋、イエローを想起させる。どこまでも続きそうな曲のまま最後の曲へと流れる。</div>
<div></div>
<div>　「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」は最もロックな曲と言えるし、また「ビハインド・ザ・マスク」とこの曲でアナログＢ面をサンドウィッチにしたことが当時の構成の糸だったように思える。この曲だけではないのだが、高橋幸宏のドラミングは当時斬新だった。このようなドラムを叩けるのは当時あまりいなかったようで、細野さんが林立夫ではなく高橋幸宏をメンバーに選んだのも分かるような気がする。ポリスのドラムに高橋幸宏の影響があるように思っていたが、後で知ったところではスティングが 1975 年にイギリスでツアーしたサディスティック・ミカ・バンドのファンで、それ以降も追いかけていて、初来日の時には高橋幸宏にも会いに行っているほどなので、やっぱりと思ったことがある。</div>
<div></div>
<div>　1980 年になると、1970 年代とは違った新しい１０年に入ったような、２１世紀により近付いたというような社会意識がどこかに流れており、フジ・カセットのＴＶＣＭで流れる次の世界をイメージさせるようなＹＭＯのイメージは、その時代にマッチしたのだろう。ＹＭＯが大ブレークしていた頃にデヴィッド・ボウイが『スケアリー・モンスターズ』をだし、そしてポール・マッカートニーが『マッカートニーＩＩ』を出す。それらを聴いて（特に後者）、日本の音楽がついに世界の先に行ったという実感を持った。そういうちゃちなナショナリズムを喚起させるようなアルバムだったし、とはいえやはりあちこちに様々な影響を残したアルバムだった。<br />
<br />
</div>
</div>]]></content:encoded>
    <dc:subject>音楽</dc:subject>
    <dc:date>2024-12-01T18:37:55+09:00</dc:date>
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    <title> Yellow Magic Orchestra：Yellow Magic Orchestra (US Edition)</title>
    <description> 
1979/06/25


　ＹＭＯは単なるシンセサイザー・グループではないというところが一つの特徴だ。とは言え、当時はそうではなくピコピコサウンドの先頭を行くイメージが強かった。しかし、このアルバムを聴いても良く分かるが、ＹＭＯはシンセを中心にしてはいるが、全てをシンセでというアプローチは最初か...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<img src="//hidekicsta.asukablog.net/File/jacket2.jpg" alt="" /> <br />
1979/06/25<br />
<br />
<br />
　ＹＭＯは単なるシンセサイザー・グループではないというところが一つの特徴だ。とは言え、当時はそうではなくピコピコサウンドの先頭を行くイメージが強かった。しかし、このアルバムを聴いても良く分かるが、ＹＭＯはシンセを中心にしてはいるが、全てをシンセでというアプローチは最初から採っていない。電気楽器や生楽器も必要に応じて使用している。シンセだからこそ実現できたこと、シンセやコンピュータだからこそ生まれた発想を多用しているが、生が良い時は生も使用するという姿勢が柔軟だった。<br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>音楽</dc:subject>
    <dc:date>2024-12-01T18:35:55+09:00</dc:date>
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    <title>Yellow Magic Orchestra：細野晴臣とイエロー・マジック・オーケストラ</title>
    <description> 
1978/11/25


&amp;amp;nbsp;1.コンピューター・ゲーム&amp;amp;ldquo;サーカスのテーマ&amp;amp;rdquo;
&amp;amp;nbsp; &amp;amp;nbsp;Computer Game &amp;quot;Theme From The Circus&amp;quot;
&amp;amp;nbsp;2.ファイアークラッカー&amp;amp;nbsp; Firecracker
&amp;amp;nbsp...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<img src="//hidekicsta.asukablog.net/File/jacket1.jpg" alt="" /> <br />
1978/11/25<br />
<br />

<div>&nbsp;1.コンピューター・ゲーム&ldquo;サーカスのテーマ&rdquo;</div>
<div>&nbsp; &nbsp;Computer Game "Theme From The Circus"</div>
<div>&nbsp;2.ファイアークラッカー&nbsp; Firecracker</div>
<div>&nbsp;3.シムーン&nbsp; Simoon</div>
<div>&nbsp;4.コズミック・サーフィン&nbsp; Cosmic Surfin'</div>
<div>&nbsp;5.コンピューター・ゲーム&ldquo;インベーダーのテーマ&rdquo;</div>
<div>&nbsp; &nbsp;Computer Game "Theme From The Invader"</div>
<div>&nbsp;6.東風&nbsp; Tong Poo</div>
<div>&nbsp;7.中国女&nbsp; La Femme Chinoise</div>
<div>&nbsp;8.ブリッジ・オーバー・トラブルド・ミュージック</div>
<div>&nbsp; &nbsp;Bridge Over Troubled Music</div>
<div>&nbsp;9.マッド・ピエロ&nbsp; Mad Pierrot</div>
<div>10.アクロバット&nbsp; Acrobat</div>
<br />
<br />

<div>　曲がフェイドアウトしていく。それに合わせて足跡も、、、あれ近付いて来る。小走りにやってくる。そして、</div>
<div>　「この次はモアベターよ」</div>
<div>　これが細野晴臣「はらいそ」の最後である。この次とはこのアルバムを指していたのだろう（横尾忠則との共作「コチンの月」ではなくて）。「はらいそ」製作中にＹＭＯは結成された。それ以前より細野さんの頭の中には Black Magic と White Magic しかない西洋の枠に対しての Yellow Magic という東洋志向的なものが「イエロー・マジック・カーニバル」などに現れていたのだが、ついに実現方法を得、実現のためのメンバーが揃い、このアルバムの登場となったのだろう。</div>
<div>　ロックの基本構成は５０年代に Little Richard などにより、ギター、ベース、ドラムとオプションとしてのピアノ（キーボード）というように固まった。基本的にどのバンドもその構成を踏襲している。最小ユニットにすればギター、ベース、ドラムとなり、３大ギタリストと言われる Jimi Hendrix, Jeff Beck, Eric Clapton がそれぞれ Experience, BB&amp;A, Cream として実現している。Doors は少し変則でベースをキーボードが担当するという形態だったが、これは Led Zeppelin でも時として John Paul Jones がそれを行っている。そして、ギターの代わりにリード楽器としてキーボードを前面に出したのが Emerson, Lake &amp; Palmer だった。ＹＭＯはＥＬＰを意識したのかどうかは不明だが、基本的に同じ構成となっている。</div>
<div></div>
<div>　シンセサイザーは '69年に Beatles "Abbey Road" で初めてロック・アルバムに使用されて以来、７０年代に入ってプログレを中心に使用頻度を上げてきた。その使用方法は大きく分けて２つあったと思う。１つはこれまでにない音色を出す楽器としての使用であり、オルガンやエレクトーンと共に、一人でもオーケストラに匹敵するというような方向性にまで至るものであり、あと１つにはサウンド・エフェクト、つまり音響、効果音等の使い方で、これに対してはシンセを使用しないでもここまで出せるといった頑張りを見せた人たちも居た。前者の場合が特にシンセを重要な楽器として使用するパターンで、クラシックを少人数で実現することなどに目標設定していたのかと思えるケースもままある。ＹＭＯの Orchestra というのはそういう状況を踏まえた上で、どういう意図で付けたのだろうか。</div>
<div></div>
<div>　ＹＭＯ登場に当たって大きなポイントになるのはシーケンサーである。当時定価１２０万円もした Roland の MC-8 という代物によって、初めてテンキーから打ち込まれた数値化されたデータから音楽が奏でられた。いわばコンピュータ使用による演奏の実現だが、これを使用した最初のレコード（コンピュータを使用した世界初のレコード）が坂本龍一の「千のナイフ」である。</div>
<div>　これにより非常に画期的なことが生じた。人間が楽器を演奏するのは主に手、足、口を用いる。従って、物理的にそういう人間の器官の動きに依存した曲でなければ演奏できないのである。しかし音を数値化してプログラムにより制御して曲を演奏することで、音程の違い、音を出すスピードなど、人間の器官に依存しない曲を実現することが可能となった。ただし、このこととそれによって実現した曲が良いものかどうかは別問題だが。</div>
<div>　ＹＭＯの最初の功績の一つはその実現例を示したことにある。しかも楽譜に忠実に数値化するだけでなく、人間的に例えば１／２４ずらすなどの小技も入れているらしい。</div>
<div></div>
<div>　当時はまだシンセサイザーは特別な存在で、中には拒否反応を示すミュージシャンも少なからず居た。いくつかのアルバムには "No Synthesizer" と明記され、それが話題となり、評価されるくらいだった。</div>
<div>　ＹＭＯはその活動時期においてシンセサイザーの使用による音楽の実現というものを具体例を示しながらその方法論を作っていったような存在だった。ちょうど時期的にシンセサイザーがこなれだした頃で、コンピュータ制御が可能となり、また日本の当時の工業立国としての環境（空気）など、タイミングもそういう時期だったと思う。そしてＹＭＯの最初の功績のもう一つは、シンセを特別な存在としなかったことにあると思う。コンピュータもシンセも他の楽器も自らの音楽の実現手段としてプレーンにしたようなところがある。坂本龍一は当時、生の楽器の音が欲しければシンセで作る必要がなくその楽器を使うといったコメントをしてたことを記憶しているが、その言葉にそれが表れていると思う。また実際にこのデビューアルバムから、１００％シンセということもない。それでいて、最新の実験も行うというような音作りを繰り返しながら活動してきた好奇心に満ちたバンドであったと思う。このアルバムやセカンド・アルバムを作るのは非常に楽しかったのだろうなと思う。音楽だから音を楽しむというのは坂本龍一の基本ポリシーのように感じるし、他のメンバーも洒脱なところがあるからかもしれない。</div>
<div></div>
<div>　曲についてはＵＳ盤の方で触れるとして、このアルバムはＵＳ盤に入っていない "Acrobat" が入っている。なぜＵＳ盤では抜かれたのだろう。最初の当時流行ったゲーム「サーカス」（風船割り）の音をアルバムの先頭に入れているが、それのリプリーズ的な存在でもある。</div>
<div>　今世界に向けての日本と言えば、Game, Karaoke, Animation となるが、このアルバムも今となってはその最初の頃の時代を思わせる。</div>
<div>　当初は「細野晴臣とイエロー・マジック・オーケストラ」と記され、レコードの帯の上部にはジャンルとして「フュージョン」と記されていた。</div>
<div>　因みにこのアルバムの発売日に椎名林檎が生まれている。<br />
<br />
</div>]]></content:encoded>
    <dc:subject>音楽</dc:subject>
    <dc:date>2024-12-01T18:34:21+09:00</dc:date>
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    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
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    <title>Otis Redding：In Person At The Whisky A Go-Go</title>
    <description> 


&amp;amp;nbsp;1.I Can&#039;t Turn You Loose
&amp;amp;nbsp;2.Pain In My Heart
&amp;amp;nbsp;3.Just One More Day
&amp;amp;nbsp;4.Mr. Pitiful
&amp;amp;nbsp;5.Satisfaction (I Can&#039;t Get No)
&amp;amp;nbsp;...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<img src="//hidekicsta.asukablog.net/File/whisky.jpg" alt="" /> <br />
<br />

<div>&nbsp;1.I Can't Turn You Loose</div>
<div>&nbsp;2.Pain In My Heart</div>
<div>&nbsp;3.Just One More Day</div>
<div>&nbsp;4.Mr. Pitiful</div>
<div>&nbsp;5.Satisfaction (I Can't Get No)</div>
<div>&nbsp;6.I'm Depending On You</div>
<div>&nbsp;7.Any Ole Way</div>
<div>&nbsp;8.These Arms Of Mine</div>
<div>&nbsp;9.Papa's Got A Brand New Bag</div>
<div>10.Respect</div>
<div><br />
　今、Otis Redding を楽しむのなら、Ultimate があれば足りるかもしれないが、Otis Redding がすぐにカバーした Rolling Stones 初の全米No.1ヒット "Satisfaction" の、このアルバムでの Otis は、Stones もぶっ飛んでしまう。これを聴くだけでもこのアルバムは価値があると思う。最も熱い "satisfaction" かもしれない。こんなに熱くて、切れまくってて、おっさん死ぬでと心配してしまうのだが（それとは関係なく死んでしまったが）、Stones に影響を与えた Otis が Stones 以上に Stones の曲を熱くプレイして、Keith Richards も満足だったんだろうと思ってしまう。私もこの "Satisfaction" が聴けて、満足である。<br />
</div>]]></content:encoded>
    <dc:subject>音楽</dc:subject>
    <dc:date>2024-12-01T18:00:10+09:00</dc:date>
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    <title> Otis Redding：The Ultimate Otis Redding</title>
    <description> 


&amp;amp;nbsp;1.Respect
&amp;amp;nbsp;2.Sittin&#039; On The Dock Of The Bay
&amp;amp;nbsp;3.These Arms Of Mine
&amp;amp;nbsp;4.Pain In My Heart
&amp;amp;nbsp;5.Come To Me
&amp;amp;nbsp;6.Security
&amp;amp;nb...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<img src="//hidekicsta.asukablog.net/File/ultimate.jpg" alt="" /> <br />
<br />

<div>&nbsp;1.Respect</div>
<div>&nbsp;2.Sittin' On The Dock Of The Bay</div>
<div>&nbsp;3.These Arms Of Mine</div>
<div>&nbsp;4.Pain In My Heart</div>
<div>&nbsp;5.Come To Me</div>
<div>&nbsp;6.Security</div>
<div>&nbsp;7.That's How Strong My Love Is</div>
<div>&nbsp;8.Mr. Pitiful</div>
<div>&nbsp;9.I've Been Loving You Too Long (To Stop Now)</div>
<div>10.Satisfaction (I Can't Get No)</div>
<div>11.Fa-Fa-Fa-Fa-Fa (Sad Song)</div>
<div>12.Try A Little Tenderness</div>
<div>13.Chained And Bound</div>
<div>14.Shake</div>
<div>15.Ole Man Trouble</div>
<div>16.Let Me Come On Home</div>
<div>17.Open The Door</div>
<div>18.That's What My Heart Needs</div>
<div>19.Tramp</div>
<div>20.I Can't Turn You Loose</div>
<div>邦題：　オーティス・レディング　『ジ・アルティメイト・オーティス・レディング』<br />
<br />
<br />

<div>　きっかけは上田正樹＆サウス・トゥ・サウスだった。これは聴いてみようと手にした。"Sittin' On The Dock Of The Bay" はやはり名作で、それとは知らずに聞いている人も多いと思う。この曲を聴くために、もしかしたら矢沢永吉から入った人もいるかもしれない。</div>
<div>　上田正樹＆サウス・トゥ・サウスも取り上げているが、やはり "Try A Little Tenderness" や "I Can't Turn You Loose" がいい。</div>
<div>　それにしても６０年代中盤でこんなに熱かったのかと思うほどだ。惜しくも６７年１２月に飛行機事故で亡くなっているが、その３日前にレコーディングした遺作が "Sittin' On The Dock Of The Bay" ということだ。短すぎる活動期間と早すぎる死のために、リアルタイムで体験していないものはいろんなルートから辿りつくしかないようだ。しかもリアルタイムでも聴いている人は日本ではかなり少なかったのではないか。なにしろ "Sittin' On The Dock Of The Bay" で全米R&amp;Bチャート１位を初めて得たのが、死後のことだから。</div>
<div>　しかし今聴いても、古さは感じても古臭さは感じない。むしろこの熱さから多くの人が影響を受けたのが伺える。</div>
<div>　私の知人は Rolling Stones から入ったそうだ。そういう人も多いだろう。忌野清志郎はRC時代から見るからに Stones の影響が伺えたが、Otis の影響の方が強いなと思う。ただ、誰の影響とかあまり口にしないので、RCから入った人は少ないかもしれない。</div>
</div>]]></content:encoded>
    <dc:subject>音楽</dc:subject>
    <dc:date>2024-12-01T17:57:11+09:00</dc:date>
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    <title>上田正樹と有山淳司：ぼちぼちいこか</title>
    <description> 
1975/06/01


&amp;amp;nbsp;1.大阪へ出て来てから
&amp;amp;nbsp;2.可愛いい女と呼ばれたい
&amp;amp;nbsp;3.あこがれの北新地
&amp;amp;nbsp;4.Come onおばはん
&amp;amp;nbsp;5.みんなの願いはただひとつ
&amp;amp;nbsp;6.雨の降る夜に
&amp;amp;nbsp;7.梅田からナンバまで
&amp;amp;nbsp;...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<img src="//hidekicsta.asukablog.net/File/bochibochiikoka.jpg" alt="" /> <br />
1975/06/01<br />
<br />

<div>&nbsp;1.大阪へ出て来てから</div>
<div>&nbsp;2.可愛いい女と呼ばれたい</div>
<div>&nbsp;3.あこがれの北新地</div>
<div>&nbsp;4.Come onおばはん</div>
<div>&nbsp;5.みんなの願いはただひとつ</div>
<div>&nbsp;6.雨の降る夜に</div>
<div>&nbsp;7.梅田からナンバまで</div>
<div>&nbsp;8.とったらあかん</div>
<div>&nbsp;9.俺の借金全部でなんぼや</div>
<div>10.俺の家には朝がない</div>
<div>11.買い物にでも行きまへんか</div>
<div>12.なつかしの道頓堀</div>
<div><br />
　大阪が好きな人、ブルースが好きな人、もしくはどちらかに興味がある人、必聴です。日本の音楽シーンに興味があるのにまだ聴いたことがない人、すぐにでも聴きましょう。あまり知られていないアルバムなので、まさに隠れた名盤かもしれない。</div>
<div></div>
<div>　大阪の街角で口八丁手八丁で商売している口上師の声からはじまる「大阪へ出てきてから」は、大阪へやってきてから１年、３年、５年と進むにつれての変化が歌われている。大阪という街は日本で最も「都市の空気は自由にする」に似合う街かもしれない。「三代住まなきゃ」などという野暮なことは言わない。上田正樹の詳細な経歴は知らないが、京都府（のどこか不明だが）出身で、子供の頃は兵庫県の西部にいたようだ。家出して大阪の天王寺公園で生活し、歌うようになったようだが、この頃はもうすっかり大阪人である。なんともいえない切なさが漂う曲で、上田正樹のハスキーヴォイスと合っている。この曲での１人称は「わい」である。曲の終わった後の街に流れる呼び込みの声も、なんだか大阪の街を思い出させてくれる。</div>
<div></div>
<div>　次はブルースの基本を押さえた曲調となっている「可愛いい女と呼ばれたい」だが、おかまの悲哀を歌うのにはブルースが最適なのかもしれない。１人称は「わたし」。</div>
<div>　３曲目は一転変わって中西康治のピアノが効いた「あこがれの北新地」で、１人称は「わい」。大阪の普通の庶民、雇われるか中小の工場や商店をといった庶民は、「わいはいっぺんここで　酒を飲みたかったんや」に共感し、ホステスのねーちゃんの「ここはあんたら若いもんの　来るとこやおまへんで」の言葉に、いっぺんでもええからそんなこと言われてみたいと思うのだ。</div>
<div></div>
<div>　次はこのアルバムで最もアップテンポの「Come onおばはん」で、ライブでは上田正樹は「踊れる感じで」と言いながら演っている。一部今は使うことがなくなった言葉など時代を感じるが、ノリの良い曲である。一箇所、伏字の歌詞がある。そこはくんちょうさん（堤和美）のカズーでカバーされているが、関西人であればカズーを口にしてくんちょうさんが言っている言葉が分かって面白い。１人称は「わい」。</div>
<div>　「みんなの願いはただひとつ」は「今度給料もらったら」どうするかといった庶民のささやかな夢を歌う。「しんどい目ぇしてやっともらったボーナス」で北新地に繰り出したい気持ちと共通するものがある。１人称は「ぼく・わたし」。</div>
<div></div>
<div>　「雨の降る夜に」は別に大阪の街を特定しているわけではないのだが、大阪の匂いのする曲で、なんとも切ない。１人称は無し。</div>
<div>　打って変わって有山淳司が楽しく歌う「梅田からナンバまで」。梅田から難波まで約４ｋｍ、散歩するのも良いかもしれない。このコースは「雨の御堂筋」では欧陽菲菲が一人で歩き、海原千里万里もそぞろ歩き、Ｂｏｒｏは御堂筋を走るバイクの咆哮を耳にしている。私自身は梅田から難波まで通して歩いたことはない。心斎橋から難波は歩くのには、どちらかというと心斎橋筋、戎橋筋になるし。</div>
<div>　それはそうと、大阪の歌では御堂筋ばかり出てくる。とは言え、堺筋や心斎橋筋（しんさいばっすじ）って他の筋だと歌に乗りにくいなと思う。他の地方の人が聞くと、御堂筋以外にないのかと思われそうなのが、なんとも癪なのだが。別の見方をすれば、この曲から浮かび上がるような、銀杏並木の下を二人で腕組んで散歩するといった情景をイメージできる通りを持っている街って良いなと思う。ポプラ並木は背が高いし、柳の下には幽霊がってなってしまうし。</div>
<div>　この曲の１人称は「ぼく」。</div>
<div></div>
<div>　お次はなんとも「とったらあかん」。一部の方にはこれを別のカテゴリーの音曲と並べてしまう人もいるかもしれない。１人称は無し。因みに '91年の復活ライブでは「製作日数５年」の３番を聞くことができる。なんとなく耳に残るのである。</div>
<div>　「俺の借金全部でなんぼや」はなんとも忙しい曲だが、かつての笠置シズ子の「買い物ブギ」にも共通するようなノリがあり、このアルバムの関係者の名前が次々と出てくる。これを一気に歌いきるのは相当記憶力が必要となるのでは。因みに私は計算していないので、この曲の１人称「俺」の借金はなんぼか分からない。</div>
<div>　次の「俺の家には朝がない」は、有山淳司が打って変わってブルージーに歌い上げる。長屋の二階で朝から電気を付けるような日当たりの悪い部屋は大阪のみならず日本中の都市のあちこちにある。親父は酒浸りだわ、お袋はいないわで、ブルースっていうのは自らのそういう境遇から沸いてくるものなんだなと思ったりもする。アメリカの南部で、盲目ゆえに仕事もなく歌うしかなかった境遇とか。と思えば、「とったらあかん」もそういう歌わなしゃーないところからできてるのか。１人称はもちろん「俺」。</div>
<div></div>
<div>　「買い物にでも行きまへんか」では、「カイモニーでも行きまぁへーんか」と聞こえて、何を歌っているのだろうと思う人がいるかもしれない。タイトルにルビは振っていないが、「かいもの」ではなく「かいもん」である（恐らくは）。商人の街大阪で、あちこちにいろいろなものを買い物しに行こうという内容で、こんなもんまで買うんかいという部分もあります。</div>
<div>　そして最後を飾るのにふさわしい「なつかしの道頓堀」です。ピアノの音が良いですね～。道頓堀が約４００年にわたって飲食歓楽街として今も続いているというのは、日本の歴史において稀有な存在かもしれない。こんなに長い間第一線を張ってきた飲食歓楽街は他にないのでは。この曲では道頓堀とその界隈の情景が浮かんでくるようで、ジャケットに使われているくいだおれの人形もそうだが、法善寺横町の佇まいなども懐かしく思い出される内容である。橋の袂で別れるのはやはり戎橋だろうか。そこから北と南へと、心斎橋方面と難波方面に別れるのもありがちな情景。最後はブルースによくあるフレーズで曲を締めています。この曲を歌っているのは、実は「大阪へ出て来てから」の人物かもしれない。</div>
<div></div>
<div>　このアルバムを通して聴くと、１人称が「わい」のものが３曲続き（おかまさんを除いて）、続いて「ぼく」が１曲をはさんで２曲（もしかして「雨の降る夜に」も「ぼく」か）、そして「俺」が３曲（「とったらあかん」は「わい」のようでもあるし、「俺」かもしれない）、最後に１人称不明と続く。この配置は偶然なのか、それとも意図的なものかは分からないが、混在している方が違和感を生むかもしれない。</div>
<div>　「わい」を良く使うのは、ガキやちょっと下卑たまたは庶民的な（フレンドリーな）オトナ、「ぼく」は公的な場合など改まった時や好感を寄せている女性や年上に対して、「俺」は「わい」と言ってたガキが成長して「わい」の代わりに使い始めたり、最もよく使われている１人称の一つである。また、「わい」は大阪の周辺部に広く分布しているように思う。また普段は「俺」（または「わい」）を使い、時と場合に応じて「ぼく」や「私」を使うというのが普通で、同じ人が時として「俺」、時として「わい」と言う例はあまりないと思う。それから、「わし」というのはおじぃになるまで普通使わない。「おう、わしや、清原や」って書いているマスコミは大阪人（または関西人）じゃないのだろう。それだけに、他の地方の人に大阪では一人称として「わし」を使うという誤解を広めているのは事実と違うなぁと思う。</div>
<div></div>
<div>　因みに「ぼちぼちいこか」というのは、「ゆっくり、のんびり、行きましょうか」ってことで、「最近どないや」と聞かれて「ぼちぼちでんな」といのは、「まぁまぁ、そこそこ、So So」って感じです。同じ言葉だけど意味とアクセントが違います。ただ、このアルバムのタイトルでは、「ぼちぼちいこか」のまた違う意味も含まれているようにも思う。それは「そろそろ本気出していくよ」みたいな意味である。レコードデビューに当たり、本気出して行くでぇという気概も入っているんやろうなぁ。</div>
<div></div>]]></content:encoded>
    <dc:subject>音楽</dc:subject>
    <dc:date>2024-12-01T17:52:45+09:00</dc:date>
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    <title>天岩戸神話と日蝕</title>
    <description>日本神話の中でも有名なシーンの一つである天岩戸神話。素戔嗚尊の乱暴に天照大神は怒って岩戸に戸を閉じてしまいます。世の中は夜のように暗闇になり、神々は集まって相談し、天鈿女命がきわどいしぐさの踊りを見せたりして、神々は大笑いして盛り上がります。それをなんだろう時にした天照大神は戸を少し開けると、手力雄...</description>
    <content:encoded><![CDATA[日本神話の中でも有名なシーンの一つである天岩戸神話。素戔嗚尊の乱暴に天照大神は怒って岩戸に戸を閉じてしまいます。世の中は夜のように暗闇になり、神々は集まって相談し、天鈿女命がきわどいしぐさの踊りを見せたりして、神々は大笑いして盛り上がります。それをなんだろう時にした天照大神は戸を少し開けると、手力雄神が天照大神を引き出して、世の中は再び明るくなりました。<br />
この神話を読むと、日蝕を体験した古代人がその体験を神話にしたのではないかと、多くの人が思うことでしょう。日の神が閉じこもり暗闇となった。これは皆既日蝕ではないかと。そして少し戸を開けるとという件は、皆既日蝕状態が終わり太陽の片隅が現れ、光り輝く姿を想起させます。そして世の中は元のように明るくなった。<br />
<br />
古代に日蝕を体験した人々が語り合う中からこのような神話が生まれたのでしょうか。それならいつの皆既日蝕が元となったのでしょうか。そのようなお遊びを小文に記しました。<span style="font-family: 'Meiryo UI'; font-size: 14.6667px;">下のダウンロードからpdfファイルを開いてください。</span><a href="//hidekicsta.asukablog.net/File/IwatoNisshoku2024.pdf" target="_blank"><br />
</a><a href="//hidekicsta.asukablog.net/File/IwatoNisshoku2024.pdf" target="_blank">ダウンロード</a>]]></content:encoded>
    <dc:subject>歴史</dc:subject>
    <dc:date>2024-12-01T17:30:01+09:00</dc:date>
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    <title>卑弥呼の日蝕・再考</title>
    <description>「西暦247年、恐怖の皆既日食が邪馬台国を襲った。そして卑弥呼は死んだ」という話があります。これは「証拠はありませんが、こういうことを想像することも歴史のロマンであり、愉しさ」ではありますが、最新の計算結果ではどうなのでしょうか。

はたして西暦247年の日蝕は卑弥呼に影響を与えたのでしょうか。下の...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<span lang="ja">「西暦</span><span lang="en-US">247</span><span lang="ja">年、恐怖の皆既日食が邪馬台国を襲った。そして卑弥呼は死んだ」という話があります。これは「証拠はありませんが、こういうことを想像することも歴史のロマンであり、愉しさ」ではありますが、最新の計算結果ではどうなのでしょうか。<br />
</span><br />
はたして西暦247年の日蝕は卑弥呼に影響を与えたのでしょうか。<span style="font-family: 'Meiryo UI'; font-size: 14.6667px;">下のダウンロードからpdfファイルを開いてください。</span><a href="//hidekicsta.asukablog.net/File/HimikoNisshoku2024.pdf" target="_blank"><br />
</a><a href="//hidekicsta.asukablog.net/File/HimikoNisshoku2024.pdf" target="_blank">ダウンロード</a>]]></content:encoded>
    <dc:subject>歴史</dc:subject>
    <dc:date>2024-12-01T17:29:01+09:00</dc:date>
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    <title>日本古代の日蝕記事</title>
    <description>学生時代に『続日本紀』を読んでいると、やたらと日蝕の記事が出てきました。当時は太陽太陰暦なので、月の始めの日に「秋七月己末朔。日有蝕之。」などの記載が、毎年と言っていいほどの割合で出てきます。数えてみると文武２年（698年）から延暦１０年（791年）までの間に72例ありました。その後の六国史（『日本...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p style="margin: 0in; font-family: 'Meiryo UI'; font-size: 11.0pt;">学生時代に『続日本紀』を読んでいると、やたらと日蝕の記事が出てきました。当時は太陽太陰暦なので、月の始めの日に「秋七月己末朔。日有蝕之。」などの記載が、毎年と言っていいほどの割合で出てきます。数えてみると文武２年（698年）から延暦１０年（791年）までの間に72例ありました。その後の六国史（『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』）を開いてみますと、延暦１１年（792年）から仁和３年（887年）までの間に97例ありました。</p>
<p style="margin: 0in; font-family: 'Meiryo UI'; font-size: 11.0pt;">昔はこんなに日蝕があったのでしょうか？<br />
<br />
昔のことを思い出しながら、日本古代の日蝕記事について小文を記しました。下のダウンロードからpdfファイルを開いてください。</p>
<a href="//hidekicsta.asukablog.net/File/NisshokuKiji2024.pdf" target="_blank"></a><a href="//hidekicsta.asukablog.net/File/NisshokuKiji202.pdf" target="_blank">ダウンロード</a>]]></content:encoded>
    <dc:subject>歴史</dc:subject>
    <dc:date>2024-12-01T17:28:06+09:00</dc:date>
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