1979/09/25
1.テクノポリス Technopolis
2.アブソリュート・エゴ・ダンス Absolute Ego Dance
3.雷電 Rydeen
4.キャスタリア Castalia
5.ビハインド・ザ・マスク Behind The Mask
6.デイ・トリッパー Day Tripper
7.インソムニア Insomnia
8.ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー Solid State Survivor
邦題:イエロー・マジック・オーケストラ 『ソリッド・ステート・サヴァイヴァー』
初めてYMOを聴いたのはいつだったかは実は記憶にない。いつ知ったかもトンと記憶がない。ただ、雑誌か何かで自分で発見し、聴いたような気もする。古い記憶を辿れば、King Crimson の「宮殿」を薦めてくれたプログレ好きな世界史教諭に、「最近出たイエローがすごい」なんてことを言ったのが、恐らく '79年の終わり頃か '80年の始め頃なので、このアルバムの発売の後なのは間違いない。レコード店でこのアルバムのジャケットを見つけてなにやら変だが何かありそうで買ったような気もする。ついでながら、当初はYMOとは言わず、「イエロー」とか「イエローマジック」と呼ばれていたように思う。
ただ、すぐにハマった。何しろこれまで聴いたことのない音ばかりなのだ。これまではあくまでも電気楽器中心の音だったのが、電子楽器中心の音なのだ。それまでは Queen や Boston の "No Synthesizer" に共感していたのだが、一気に宗旨変えをしてしまい、Roland のカタログを見てはため息をついた。それまではシンセサイザーといえばどちらかと言えば添え物であり、効果音を生む楽器みたいな存在で、そのようなものに頼らずに人力(これまでにある楽器)で聴いたこともないような音を出すことに魅力を感じていた部分もあったが、そんなものは吹き飛んでしまい、こんなにすごいものかという印象が一気に宗旨変えを起こさせた。
これまで聴いたことのない音の洪水、音の連続というのは、それほどインパクトがあった。シンセサイザーによる新しい時代の幕開けのような印象を受けていた。シンセサイザーの音色、シーケンサーによる人間業でない演奏、ヴォコーダーの声、シンドラの音などなど。
自分の子供を見て思う。生まれた時にはもう既にこれらの音があり、自分が受けたような新鮮な感動を受けることがないのかと。
TVで細野さんが語っているのを観たことがあるが、コンピュータ(シーケンサー)を手にした当初はアイデンティティの崩壊が訪れるらしい。つまり、これまで自分がやってきたことはなんだったんだと。一所懸命体でプレイしてきたことを、機械がやってしまうことによる、ミュージシャン不要という考えから来るアイデンティティの崩壊。これを乗り越えられない人は最初は手が出せなかったのではというような意味のことを語っていた。今では普遍化したからそんなことはないのだろうが、人間誰しも概念形成後にそれを打ち破るものに出くわした時、それを受け入れるか拒絶するかの大きな選択が待ち受けているもので、最初と言うのはそういうものなんだろう。だから、"No Synthesizer" なんて拒絶組も結構居たのだと思う。ま、電気楽器が出た時も、そういう拒絶組みって居たわけだし。
このアルバムはアナログ時代のA面とB面とで、少し違う面を見せている。1~4までは基本的にインストで、ファースト・アルバムからの延長線上に位置するといった印象だが、5以降はその次に続く、よりビートの効いたロックな作りとなっている。
「テクノポリス」は富士フィルムのカセットのCMで流行ったが、何と言っても「TOKIO」声と、少しずらしながらの "T E C H N O P O L I S" が印象的だった。坂本龍一が歌謡曲を分析して作った曲ということだが、基本的に日本人のリズムに合うようになっていたのだろうか。YMOは当初は細野さんの戦略からか、日本人が体を自然と動かすようなリズムをベースにしていったように思う。それが次の「アブソリュート・エゴ・ダンス」に顕著に現れている。サンディによる沖縄の掛け声と共に、黒潮文化というべきリズムを刻んでいるのだ。
「ライディーン」は高橋幸宏の鼻歌から出来上がっていったようだが、最もキャッチーなメロディでYMOの代表曲のようになってしまった。この中の遊びとしては、途中のシンドラ連打や足音のような音などがある。これまでSE(Sound Effect)的なシンセくらいしか耳にせず、シンドラなんて初めて触れるようなものにとっては、とんでもない邂逅であった。「キャスタリア」は実は、このアルバムの中では「インソムニア」と並んで地味印象を受けるが、ある意味最もYMO的な要素を含んであるのかもしれない。この後の『BGM』以降にもつながるという意味で。
「ビハインド・ザ・マスク」は後にマイケル・ジャクソンが手を加えたが、ポール・マッカートニーと一緒に「ガール・イズ・マイン」や「セイ・セイ・セイ」をやることになり中に浮いた形になっていたのをエリック・クラプトンがやることになるが、そのアレンジは坂本龍一のライブでも聴くことが出来る。最初に聞いた頃は覚えやすく頭の中に響き渡るイントロのメロディと坂本龍一のヴォコーダーの声が印象的だった。
「デイ・トリッパー」はどういうわけかビートルズのカヴァーで、ディーヴォの「サティスファクション」と退避して語られることが多いが、ビートルズをこのように演ってしまうという点が当時は斬新だった。この無機的、機械的、当時なんとなく抱かれていた近未来的(21世紀には誰もが銀色のスーツを着ているようなSF漫画的な近未来)なビートルズの解釈といった受け止め方で、逆にオリジナルが非常に人間臭く感じられるほどだった。鮎川誠のギターもその中ではある種突き放したようなアバンギャルドな味を含んでいた。続く「インソムニア」は前の2曲で上がってきたテンションを少し落ち着かせながらも不安定な未来へ続くような音が流れ、また琴の音を思わせるような音色が「アブソリュート・エゴ・ダンス」にも共通する日本または東洋、イエローを想起させる。どこまでも続きそうな曲のまま最後の曲へと流れる。
「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」は最もロックな曲と言えるし、また「ビハインド・ザ・マスク」とこの曲でアナログB面をサンドウィッチにしたことが当時の構成の糸だったように思える。この曲だけではないのだが、高橋幸宏のドラミングは当時斬新だった。このようなドラムを叩けるのは当時あまりいなかったようで、細野さんが林立夫ではなく高橋幸宏をメンバーに選んだのも分かるような気がする。ポリスのドラムに高橋幸宏の影響があるように思っていたが、後で知ったところではスティングが 1975 年にイギリスでツアーしたサディスティック・ミカ・バンドのファンで、それ以降も追いかけていて、初来日の時には高橋幸宏にも会いに行っているほどなので、やっぱりと思ったことがある。
1980 年になると、1970 年代とは違った新しい10年に入ったような、21世紀により近付いたというような社会意識がどこかに流れており、フジ・カセットのTVCMで流れる次の世界をイメージさせるようなYMOのイメージは、その時代にマッチしたのだろう。YMOが大ブレークしていた頃にデヴィッド・ボウイが『スケアリー・モンスターズ』をだし、そしてポール・マッカートニーが『マッカートニーII』を出す。それらを聴いて(特に後者)、日本の音楽がついに世界の先に行ったという実感を持った。そういうちゃちなナショナリズムを喚起させるようなアルバムだったし、とはいえやはりあちこちに様々な影響を残したアルバムだった。
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