忍者ブログ

気楽に考えていることや過去記事(終了サービス)の再アップロード(音楽レビューやアクアリウム)等

CSTAの気楽な日々

   
カテゴリー「歴史」の記事一覧

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

天岩戸神話と日蝕

日本神話の中でも有名なシーンの一つである天岩戸神話。素戔嗚尊の乱暴に天照大神は怒って岩戸に戸を閉じてしまいます。世の中は夜のように暗闇になり、神々は集まって相談し、天鈿女命がきわどいしぐさの踊りを見せたりして、神々は大笑いして盛り上がります。それをなんだろう時にした天照大神は戸を少し開けると、手力雄神が天照大神を引き出して、世の中は再び明るくなりました。
この神話を読むと、日蝕を体験した古代人がその体験を神話にしたのではないかと、多くの人が思うことでしょう。日の神が閉じこもり暗闇となった。これは皆既日蝕ではないかと。そして少し戸を開けるとという件は、皆既日蝕状態が終わり太陽の片隅が現れ、光り輝く姿を想起させます。そして世の中は元のように明るくなった。

古代に日蝕を体験した人々が語り合う中からこのような神話が生まれたのでしょうか。それならいつの皆既日蝕が元となったのでしょうか。そのようなお遊びを小文に記しました。下のダウンロードからpdfファイルを開いてください。
ダウンロード
PR

卑弥呼の日蝕・再考

「西暦247年、恐怖の皆既日食が邪馬台国を襲った。そして卑弥呼は死んだ」という話があります。これは「証拠はありませんが、こういうことを想像することも歴史のロマンであり、愉しさ」ではありますが、最新の計算結果ではどうなのでしょうか。

はたして西暦247年の日蝕は卑弥呼に影響を与えたのでしょうか。下のダウンロードからpdfファイルを開いてください。
ダウンロード

日本古代の日蝕記事

学生時代に『続日本紀』を読んでいると、やたらと日蝕の記事が出てきました。当時は太陽太陰暦なので、月の始めの日に「秋七月己末朔。日有蝕之。」などの記載が、毎年と言っていいほどの割合で出てきます。数えてみると文武2年(698年)から延暦10年(791年)までの間に72例ありました。その後の六国史(『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』)を開いてみますと、延暦11年(792年)から仁和3年(887年)までの間に97例ありました。

昔はこんなに日蝕があったのでしょうか?

昔のことを思い出しながら、日本古代の日蝕記事について小文を記しました。下のダウンロードからpdfファイルを開いてください。

ダウンロード

プロフィール

HN:
CSTA
Webサイト:
性別:
男性

P R

Copyright ©  -- CSTAの気楽な日々 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]