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CSTAの気楽な日々

   
カテゴリー「音楽」の記事一覧

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Otis Redding:The Ultimate Otis Redding



 1.Respect
 2.Sittin' On The Dock Of The Bay
 3.These Arms Of Mine
 4.Pain In My Heart
 5.Come To Me
 6.Security
 7.That's How Strong My Love Is
 8.Mr. Pitiful
 9.I've Been Loving You Too Long (To Stop Now)
10.Satisfaction (I Can't Get No)
11.Fa-Fa-Fa-Fa-Fa (Sad Song)
12.Try A Little Tenderness
13.Chained And Bound
14.Shake
15.Ole Man Trouble
16.Let Me Come On Home
17.Open The Door
18.That's What My Heart Needs
19.Tramp
20.I Can't Turn You Loose
邦題: オーティス・レディング 『ジ・アルティメイト・オーティス・レディング』


 きっかけは上田正樹&サウス・トゥ・サウスだった。これは聴いてみようと手にした。"Sittin' On The Dock Of The Bay" はやはり名作で、それとは知らずに聞いている人も多いと思う。この曲を聴くために、もしかしたら矢沢永吉から入った人もいるかもしれない。
 上田正樹&サウス・トゥ・サウスも取り上げているが、やはり "Try A Little Tenderness" や "I Can't Turn You Loose" がいい。
 それにしても60年代中盤でこんなに熱かったのかと思うほどだ。惜しくも67年12月に飛行機事故で亡くなっているが、その3日前にレコーディングした遺作が "Sittin' On The Dock Of The Bay" ということだ。短すぎる活動期間と早すぎる死のために、リアルタイムで体験していないものはいろんなルートから辿りつくしかないようだ。しかもリアルタイムでも聴いている人は日本ではかなり少なかったのではないか。なにしろ "Sittin' On The Dock Of The Bay" で全米R&Bチャート1位を初めて得たのが、死後のことだから。
 しかし今聴いても、古さは感じても古臭さは感じない。むしろこの熱さから多くの人が影響を受けたのが伺える。
 私の知人は Rolling Stones から入ったそうだ。そういう人も多いだろう。忌野清志郎はRC時代から見るからに Stones の影響が伺えたが、Otis の影響の方が強いなと思う。ただ、誰の影響とかあまり口にしないので、RCから入った人は少ないかもしれない。
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上田正樹と有山淳司:ぼちぼちいこか


1975/06/01

 1.大阪へ出て来てから
 2.可愛いい女と呼ばれたい
 3.あこがれの北新地
 4.Come onおばはん
 5.みんなの願いはただひとつ
 6.雨の降る夜に
 7.梅田からナンバまで
 8.とったらあかん
 9.俺の借金全部でなんぼや
10.俺の家には朝がない
11.買い物にでも行きまへんか
12.なつかしの道頓堀

 大阪が好きな人、ブルースが好きな人、もしくはどちらかに興味がある人、必聴です。日本の音楽シーンに興味があるのにまだ聴いたことがない人、すぐにでも聴きましょう。あまり知られていないアルバムなので、まさに隠れた名盤かもしれない。
 大阪の街角で口八丁手八丁で商売している口上師の声からはじまる「大阪へ出てきてから」は、大阪へやってきてから1年、3年、5年と進むにつれての変化が歌われている。大阪という街は日本で最も「都市の空気は自由にする」に似合う街かもしれない。「三代住まなきゃ」などという野暮なことは言わない。上田正樹の詳細な経歴は知らないが、京都府(のどこか不明だが)出身で、子供の頃は兵庫県の西部にいたようだ。家出して大阪の天王寺公園で生活し、歌うようになったようだが、この頃はもうすっかり大阪人である。なんともいえない切なさが漂う曲で、上田正樹のハスキーヴォイスと合っている。この曲での1人称は「わい」である。曲の終わった後の街に流れる呼び込みの声も、なんだか大阪の街を思い出させてくれる。
 次はブルースの基本を押さえた曲調となっている「可愛いい女と呼ばれたい」だが、おかまの悲哀を歌うのにはブルースが最適なのかもしれない。1人称は「わたし」。
 3曲目は一転変わって中西康治のピアノが効いた「あこがれの北新地」で、1人称は「わい」。大阪の普通の庶民、雇われるか中小の工場や商店をといった庶民は、「わいはいっぺんここで 酒を飲みたかったんや」に共感し、ホステスのねーちゃんの「ここはあんたら若いもんの 来るとこやおまへんで」の言葉に、いっぺんでもええからそんなこと言われてみたいと思うのだ。
 次はこのアルバムで最もアップテンポの「Come onおばはん」で、ライブでは上田正樹は「踊れる感じで」と言いながら演っている。一部今は使うことがなくなった言葉など時代を感じるが、ノリの良い曲である。一箇所、伏字の歌詞がある。そこはくんちょうさん(堤和美)のカズーでカバーされているが、関西人であればカズーを口にしてくんちょうさんが言っている言葉が分かって面白い。1人称は「わい」。
 「みんなの願いはただひとつ」は「今度給料もらったら」どうするかといった庶民のささやかな夢を歌う。「しんどい目ぇしてやっともらったボーナス」で北新地に繰り出したい気持ちと共通するものがある。1人称は「ぼく・わたし」。
 「雨の降る夜に」は別に大阪の街を特定しているわけではないのだが、大阪の匂いのする曲で、なんとも切ない。1人称は無し。
 打って変わって有山淳司が楽しく歌う「梅田からナンバまで」。梅田から難波まで約4km、散歩するのも良いかもしれない。このコースは「雨の御堂筋」では欧陽菲菲が一人で歩き、海原千里万里もそぞろ歩き、Boroは御堂筋を走るバイクの咆哮を耳にしている。私自身は梅田から難波まで通して歩いたことはない。心斎橋から難波は歩くのには、どちらかというと心斎橋筋、戎橋筋になるし。
 それはそうと、大阪の歌では御堂筋ばかり出てくる。とは言え、堺筋や心斎橋筋(しんさいばっすじ)って他の筋だと歌に乗りにくいなと思う。他の地方の人が聞くと、御堂筋以外にないのかと思われそうなのが、なんとも癪なのだが。別の見方をすれば、この曲から浮かび上がるような、銀杏並木の下を二人で腕組んで散歩するといった情景をイメージできる通りを持っている街って良いなと思う。ポプラ並木は背が高いし、柳の下には幽霊がってなってしまうし。
 この曲の1人称は「ぼく」。
 お次はなんとも「とったらあかん」。一部の方にはこれを別のカテゴリーの音曲と並べてしまう人もいるかもしれない。1人称は無し。因みに '91年の復活ライブでは「製作日数5年」の3番を聞くことができる。なんとなく耳に残るのである。
 「俺の借金全部でなんぼや」はなんとも忙しい曲だが、かつての笠置シズ子の「買い物ブギ」にも共通するようなノリがあり、このアルバムの関係者の名前が次々と出てくる。これを一気に歌いきるのは相当記憶力が必要となるのでは。因みに私は計算していないので、この曲の1人称「俺」の借金はなんぼか分からない。
 次の「俺の家には朝がない」は、有山淳司が打って変わってブルージーに歌い上げる。長屋の二階で朝から電気を付けるような日当たりの悪い部屋は大阪のみならず日本中の都市のあちこちにある。親父は酒浸りだわ、お袋はいないわで、ブルースっていうのは自らのそういう境遇から沸いてくるものなんだなと思ったりもする。アメリカの南部で、盲目ゆえに仕事もなく歌うしかなかった境遇とか。と思えば、「とったらあかん」もそういう歌わなしゃーないところからできてるのか。1人称はもちろん「俺」。
 「買い物にでも行きまへんか」では、「カイモニーでも行きまぁへーんか」と聞こえて、何を歌っているのだろうと思う人がいるかもしれない。タイトルにルビは振っていないが、「かいもの」ではなく「かいもん」である(恐らくは)。商人の街大阪で、あちこちにいろいろなものを買い物しに行こうという内容で、こんなもんまで買うんかいという部分もあります。
 そして最後を飾るのにふさわしい「なつかしの道頓堀」です。ピアノの音が良いですね~。道頓堀が約400年にわたって飲食歓楽街として今も続いているというのは、日本の歴史において稀有な存在かもしれない。こんなに長い間第一線を張ってきた飲食歓楽街は他にないのでは。この曲では道頓堀とその界隈の情景が浮かんでくるようで、ジャケットに使われているくいだおれの人形もそうだが、法善寺横町の佇まいなども懐かしく思い出される内容である。橋の袂で別れるのはやはり戎橋だろうか。そこから北と南へと、心斎橋方面と難波方面に別れるのもありがちな情景。最後はブルースによくあるフレーズで曲を締めています。この曲を歌っているのは、実は「大阪へ出て来てから」の人物かもしれない。
 このアルバムを通して聴くと、1人称が「わい」のものが3曲続き(おかまさんを除いて)、続いて「ぼく」が1曲をはさんで2曲(もしかして「雨の降る夜に」も「ぼく」か)、そして「俺」が3曲(「とったらあかん」は「わい」のようでもあるし、「俺」かもしれない)、最後に1人称不明と続く。この配置は偶然なのか、それとも意図的なものかは分からないが、混在している方が違和感を生むかもしれない。
 「わい」を良く使うのは、ガキやちょっと下卑たまたは庶民的な(フレンドリーな)オトナ、「ぼく」は公的な場合など改まった時や好感を寄せている女性や年上に対して、「俺」は「わい」と言ってたガキが成長して「わい」の代わりに使い始めたり、最もよく使われている1人称の一つである。また、「わい」は大阪の周辺部に広く分布しているように思う。また普段は「俺」(または「わい」)を使い、時と場合に応じて「ぼく」や「私」を使うというのが普通で、同じ人が時として「俺」、時として「わい」と言う例はあまりないと思う。それから、「わし」というのはおじぃになるまで普通使わない。「おう、わしや、清原や」って書いているマスコミは大阪人(または関西人)じゃないのだろう。それだけに、他の地方の人に大阪では一人称として「わし」を使うという誤解を広めているのは事実と違うなぁと思う。
 因みに「ぼちぼちいこか」というのは、「ゆっくり、のんびり、行きましょうか」ってことで、「最近どないや」と聞かれて「ぼちぼちでんな」といのは、「まぁまぁ、そこそこ、So So」って感じです。同じ言葉だけど意味とアクセントが違います。ただ、このアルバムのタイトルでは、「ぼちぼちいこか」のまた違う意味も含まれているようにも思う。それは「そろそろ本気出していくよ」みたいな意味である。レコードデビューに当たり、本気出して行くでぇという気概も入っているんやろうなぁ。

Sadistic Mika Band(サディスティック・ミカ・バンド) : 黒船


1974/11/05

 1.墨絵の国へ
 2.何かが海をやってくる(インストゥルメンタル)
 3.タイムマシンにおねがい
 4.黒船(嘉永六年六月二日)(インストゥルメンタル)
 5.黒船(嘉永六年六月三日)(インストゥルメンタル)
 6.黒船(嘉永六年六月四日)(インストゥルメンタル)
 7.よろしくどうぞ(インストゥルメンタル)
 8.どんたく
 9.四季頌歌
10.塀までひとっとび
11.颱風歌
12.さようなら

 ロックファンというのは、自由だ愛だといった歌をしょっちゅう聴いているくせに案外保守的な姿勢を持つ人も少なくない。曰く、日本の曲はねぇ、とか、女はねぇ、とか。ロック聴いてて偏見持つってなんか皮肉。聴いたけど合わない、自分にはどうも合わない、というのなら分かるけど、ロックに食わず嫌いならぬ聴かず嫌いは似合わないと思う。
 それはともかく、日本のロックアルバムの中からベストアルバムを選ぶとなると、「黒船」は必ず入るな。まず何を差し置いても「黒船」。後は意見が違っても、まずは「黒船」。寿司屋で最初に白身を口にするように、最初にラーメンのスープを確かめるように、お作法のようなもんだと思う。
 '70年代前半、日本語ロック論争なるものがあったそうだ。はっぴいえんどが日本語で歌ったことに対して、内田裕也からロックは英語で歌うものだという意見があり、喧々諤々あったそうだ。
 その話を最初に聞いた時、実は私、笑ってしまいました。"Johnny B Good" を「あいつがお~れに言うことにゃ~」なんて歌ってしまう下品なオヤジが「ロックは英語で」なんて言ってたなんて、ほんまでっか? うっそー、嘘ちゃうんのん! 人を笑わすにもほどがある。
 ま、これ以上ははっぴいえんどで触れる話題かもしれないので、深くは触れないとして、そんな論争を知ってか知らずか吹き飛ばしたバンドの一つが、サディスティック・ミカ・バンドだ。そして同時期に、一緒にツアーをしたこともあるキャロルだ。内田裕也はキャロルに言わなかったのかなぁ、「英語で歌え」って。同時期に日本語でプログレもってことを実証した四人囃子もいた。グダグタ言うよりやってみろってことか。英語でも何語でも関係ないのだ。ロックは英語でなんて偏見がここにもあった。
 ミカ・バンドはトノバンこと加藤和彦がイギリスで見てきた、影響を受けたことをベースに、やってみたいことをやったようなバンドだった。"Sticky Fingers" あたりの Rolling Stones や 当時流行のグラム(T. Rex や David Bowie)の影がちらほらと見える。それはファースト・アルバムに顕著だが、セカンド・アルバムとなるこの「黒船」は、プロデューサーに Chris Thomas を招いて作成された。Beatles の "The Beatles"(いわゆる "White Album")で苦労した当時気鋭のプロデューサーだった(らしい)。
 どうして「黒船」というコンセプトにしたのかは分からないが、「黒船」にまつわる幕末をテーマとしたこのアルバムは、もしかしたら英語だ日本語だあーだこーだと喚いている一部ロックの聴き手には嘉永六年(西暦1863年)に強引にも日本にやってきた黒船ほどのインパクトがあったのかもしれない(尤も、最初から聴かなかったのかもしれないが)。
 アルバムの始まりは今井裕のキーボードの音からだ。今から思えばいかにも'70年代前半の音だ。小原礼のベースが加わり、高くて細めのスタイルそのままの加藤和彦のヴォーカルが流れてきて、そしてミカと高橋幸宏の声が入ってくる。アルバムの開始を告げる「墨絵の国へ」が終わるとともにベースのリズムが一変し、高中正義のギターが流れてくる。「何かが海をやってくる」だ。ここまでがアルバムの長い導入部という構成だ。
 そして次はインパクトのあるイントロから始まる「タイムマシンにおねがい」だ。このイントロのドラムを聴くだけで、高橋幸宏のドラミングの基本パターンはこの頃既に出来上がっていた印象を受ける。ミカはスタジオで何度これを歌ったのだろうと思うほどだが、サディスティック・ミカ・バンド最高の、そして日本の女性ヴォーカル曲最高の一曲になっている。結構ピアノが良い感じである。また、終わり方がフェードアウトではなく、「タイムマーシンに~おーねがい」のリフレインが続く中で、「タイッ」と切れているのも良い選択だ。
 ここでまたインスト曲が始まるが、今度は高橋幸宏のドラムから入り、高中正義のギターがうなる。タイトルの「嘉永六年六月二日」は実際にペリーがやって来た日である。曲調が変わり人の声(うなり声や雄叫びみたいなの)が入り、翌日(嘉永六年六月三日)に移る。二日が黒船がやって来てこれから何かが起ころうとしている緊張感を伝え、三日がそれに続くてんやわんやの大騒ぎなのだろうか。ギターが、楽譜にすると16分音符と8分音符の連続で五線譜上を右上がりに進む、ネック上の左手が薬指と人差し指を主に交互にフラットを進みながらスライドしていく、といった盛り上がりの後、一変して一夜明けた後の穏やかな海を思わせる四日に移る。日本の歴史ではこの日から「日本の夜明け」に向けて大きく動き出すのだが、それをイメージしたのだろうか。大きなうねりを表現しながらアナログ盤時代のA面が終わる。
 アナログ時代のB面の始まりは何やら賑やかな「よろしくどうぞ」を前奏とした「どんたく」から始まる。開国をし、異人さん達が居留区で休日を楽しむ「どんたく」の中の「お祭り騒ぎ」に呼応した「よろしくどうぞ」から、高橋幸宏のドラムによって「どんたく」が始まる。そのイントロの特徴のある音はジーンズのジッパーをサンプリング(とは当時は言わなかっただろうが)した音らしい。「どんたく」とはオランダ語の日曜日 "Zontag" からきた言葉で、日曜日のお休みを楽しむ異人さんを見たというモチーフで楽しい曲となっている。七曜制は平安時代には日本に入っていたが定着せず、江戸時代の商店の休日は例えば2の付く日を休みにするなど、10日毎であったようだ。
 「休日はどうなってますか」
 「2の付く日が休みや」
 「ようけありまんねんな。2日、12日、20・21・22、、、」
 という花紀京のくすぐりが面白かった。
 次の「四季頌歌」は淡々と日本の四季を表現する曲だが、ここでは異人さん達に日本の四季の移り変わりの美しさを伝えようということだろうか。春の次に入る間奏は梅雨と梅雨明けを告げる雷である。
 「塀までひとっとび」はファースト・アルバムにも少し通じるようなノリの曲で、久しぶりにミカのメインヴォーカルである。歌詞にそれほど意味はないが、UKでも "Suki Suki Suki" としてシングルカットされたようだ。次の「颱風歌」は小原礼の曲で、前曲との連続になっているようでもある。かつては日本に来る異人さん達は台風シーズンをどう把握し、発生した場合はどう予測するかが、航海上大きな問題だったことだろう。
 そして加藤和彦調の「さよなら」で静かにアルバムの幕が閉じていく。
 このアルバムは "Black Ship" としてUSやUKでも発売された。今でもUS盤はファーストアルバムと合わせて選曲したCDとなって売られている(いつもUSではUKを含む外国のアーティストのアルバムは2枚のアルバムから適当に選曲して1枚にするというUS盤を出すのがお好きなようだ)。そして '75年には Roxy Music と全英ツアーを行っている。それについては "Live In London" で取り上げたいと思っているが、Sting や Japan のメンバーはかなり影響を受けたという。Police が活躍していた頃、なんか高橋幸宏みたいなドラムだなぁなんて印象を受けたことがあったが、そういうことだったのか。

遠藤賢司 / 満足できるかな

 1.満足できるかな
 2.カレーライス
 3.おやすみ
 4.待ちすぎた僕はとても疲れてしまった
 5.外は暑いのに
 6.今日はとってもいい日みたい
 7.寝図美よこれが太平洋だ
 8.ミルク・ティー
 9.早く帰ろう
10.雪見酒
11.君はまだ帰ってこない

 すみません、満足できませんでした。
 みうらじゅんが「エンケンさんはロックだ」「すごい」なんてほめているので、ある日中古屋で見つけて買ってきた。
 ロック?
 満足できるまで、何度も我慢して聴かないと、分からないのだろうか。お代を返せ! 中古屋で安かったのがせめてもの慰めか。
 と、ここで思い出した。
 高校時代などは、多くの人が聴いているのはそれなりに何かあるのだろうから、あれこれ聴いてみようと人からレコードを借りて聴いてはみたが、アルバム1枚聴いてそれっきりというのが結構ある。思い出しつつ以下列挙する。
オフコース
 同じクラスの女の子が確かベスト盤みたいなのを持っていたので借りた。野郎だったら借りなかったかもしれない。とにかく何も印象に残らなかった。後でよくタモリがあれこれ言っていたが、いえるだけ聴いただけでもすごいと思った。なぜ人気があったのかすら分からなかった。
寺尾聡
 井上陽水の記録を上回る売り上げということで、当時アルバム売り上げ枚数記録更新だったように記憶している。友人がいいよぉというので借りてみたが、なんか Billy Joel のGS風焼き直しみたいな、なぜいいのかこれまた理解できなかった。
サザン・オール・スターズ
 アルバムを聴いた時、鼻歌を延々と聴かされるほど自分は人間が出来ていないみたいなことを思った。苦痛だった。あの歌い方も耳に馴染まないし。確かひょっとこ顔みたいなジャケットだった。
 その後もまともに聴いたことがないが、桑田というのはユーミンと並んで、期待に応えるモノを持っているのだろう。自分の曲のパーツをあれこれ持っていて、それが桑田の場合は鼻歌として何度も出てくるんだろうが、それらを組み合わせてファンが安心する曲を作り上げる術を確立しているんだろうと思う。どちらも商売人としてエライ!
ゴダイゴ
 なんか一時期すごく流行ってましたが、幼馴染みが薦めてくれてレコードを貸してくれたが、返す言葉がなかったような気がする。
 また、今思い出すと幸いにもアルバム1枚すら聴くことがなかったが、それなりに聴いてるのが周りにいたというのがあった。
横浜銀蠅
 えー年こいてよーやってるわぐらいにしか思わなかったが、ある一定層でこういうニーズはいつもあるんだろうな。ヤンキー系の奴らが聞いていたな。それ以前のクールスとか、何のインテリジェンスも感じさせないが、一定のニーズに応えていたんだろうな。今の氣志團とか。それに、ARBって何の略だったっけ。なんかこれも賢そうに見えないので敬遠したな。
チューリップ
 虫唾が走るというのはこういうことを言うのかということを体感させてくれた。私が知る以前に大ヒット曲があり、2曲目のヒット曲が出た頃、まだ居たのかと思ったけれど気持ちが悪かった。それにしてもなんてグループ名なんだ。気概も何も伝わらん。ふきのとうとかグレープとか、何でそんな名前を付けるのかね。それらの中でも最低の名前だね。そんなことをよく言っておりました。
 それと、オフコースと区別が付かん。同じような形態のようだけど、こいつらはフォーク調GS(ニューミュージック風味)なんだろうか。
 ま、私見ではこんなところで、私とはまったく違う感性と波長でもって聴いている方も多く居ると思うが、別にそういう方々をどうこう言っているわけではないので、気にしないでください。それにしても古い名前が並んだなぁ。
 今思うと、聴いてみようというトライアルを何度かやって、勘を育てていたのかもしれない。その内アルバム1枚聴かずとも、これは聴かなくていいなとか、これは合いそうにないなというようになっていったのだろう。そういう意味ではその勘でもって聴いていなかった(大体風貌と曲のタイトルで経験的に感じていた)、エンケンを聴かしめたみうらじゅんはエライ! あと、そんな感じでは早川義夫(だいたい「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」なんて、なんてかっこ悪いタイトルなんだろう。GSだし)とか、なぎら健壱(だいたい知性を感じさせないし、葛飾でバッタでも探してりゃ良い)とか、無理やり出しているが、聞かないだろうなぁ。

David Bowie : The Rise And Fall Of Ziggy Stardust And The Spiders From Mars 邦題:デヴィッド・ボウイ:ジギー・スターダスト


1972/06/06 (UK)

 1.Five Years
 2.Soul Love
 3.Moonage Daydream
 4.Starman
 5.It Ain't Easy
 6.Lady Stardust
 7.Star
 8.Hang on to Yourself
 9.Ziggy Stardust
10.Suffragette City
11.Rock & Roll Suicide

 Bowie を知ったのはいつの頃だったか、"Low" から "Heroes" にかけての頃だったと思う。 "Heroes" はかっこいい曲だった。それは別途書きたいと思うが、その後来日した時、自分の誕生日に大阪でのライブがあり、行きたいなと思った。まだガキだったので、後日放映されたNHKの「ヤングミュージックショウ」で我慢するしかなかったのだが、"Low" と "Heroes" からの曲以外には、結構このアルバムからも取り上げていた。
 早速このアルバムも購入となったわけだが、なんとも長いタイトルである。
 "The Rise And Fall Of Ziggy Stardust And The Spiders From Mars" なんて長いタイトルは、ガキの私にとって諳んずることができる最長の "SGT. Peppers' Lonely Hearts Club Band" を超えていた。あまりに長いので、"Ziggy Stardust" と普通は略す。
 ところで、誰だ。帯か中の紙だったかは忘れたが、「屈折する星屑の上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群れ」なんて真直ぐ過ぎる直訳を記していたのは。ガキの私は本気でそう思ってしまいそうだった。何でそんな変な日本語が記されたか、理由を知る由もないが、
 ・"Space Oddity" って宇宙のイメージの Bowie だから宇宙のことだろと安直に付けた
 ・かっこいい邦題が決まらなかったので、ならそのまま訳してみると面白いかもという確信犯的行為
 ・何も考えずにバイトに頼んだらこうなった
ってなとこだろうか。確かにかつては「狂気」だとか「危機」だとか、そういう邦題をつけるのに力を入れることもあったから、案外2番目みたいなことだったのかなと思う。
 ただ、アルバムを聞いてみれば分かる通り、このアルバムは David Bowie 扮する Ziggy Stardust というロックスターの物語(またはアルバム)という形態だ。The Spiders From Mars はそのバンドの名前。ザ・スパイダーズでなくてよかったと安堵の気持ちを抱いたのは私だけではないだろう。業界パラサイトかまやつのいたバンドなんて良く知らないが。それはさておき、その Ziggy 率いるバンドの、硬い日本語で言えば栄枯盛衰物語がタイトルの意味である。ところで、いまだに私は Ziggy という言葉に「屈折する」という意味があるのかどうかは知らない。"ZigZag" の"Zig"からの発想だろうか。 Bowie としてはそれよりも、 Stardust という言葉を使って、光ってはやがて消えていく Rock'n'Roll Star は Stardust なんだというメッセージをこめたかったのかもしれない。
 David Bowie の大きな転換点を考えると、1つに "Young Americans" そして次に "Let's Dance" が挙げられ、"Ziggy Stardust" を頂点とするグラムの時期と、"Scary Monsters" を最後とする変化の時期と、その後に分けて考えても良いかもしれない(大雑把過ぎるが)。と考えると、'75年以降の Bowie を知る人が初めて "Ziggy Stardust" を聴くと、Bowie の声の違いに戸惑うかもしれない。声質がかなり違うのである。若いのである。しかし、単に若いというのではなく。意識してそういうグラムに向いた声を出していたと思う。
 フェードイン気味にドラムの音から入ってくる "Five Years" は、ある意味このアルバムの主題をいきなり告げているかのようだ。もうあと5年しか人類に残されていないという事実とそこからくる抑圧感がこのアルバムを支配する。 '70年代に入り、人々は世紀末を意識するようになった。今から思えば馬鹿らしい話かもしれないが、ロンドン・スィングを経て人類が月に行くようになると、21世紀それよりも20世紀末を意識し、終末観が一種のトレンドとなった。そういう時代を感じる。
 次が転拍子の感じも良い "Soul Love" だ。一曲飛ばして "Starman" がとても良い。アメリカではいまいち受けないのか、Best のUS盤には入っていないのが残念だが、日本では人気が高く、'91年からは日本ではプレイするようになった。いつ聴いてもなんか懐かしい感じがする曲だ。アナログ時代のB面の先頭は "Lady Stardust" で、なぜかTVのCMに使われていた。ピアノが美しい曲だ。高校時代、同級生にこのLPを貸したところ、この曲が良いと長時間かけて訳したと言っていたが、英文科志望にしては時間かかりすぎちゃうって思ったことを思い出す。
 そのままノリも良く "Star" 以降の曲が続く。このアルバムはSF的な「屈折する星屑」ではなく Ziggy Stardust という Rock'n'Roll Star のアルバムだとここでも分かる。 "Hang on to Yourself" のギターのリフは後年のパンクやニューウェイヴに結構参照されたと思う。そしてテーマソングである "Ziggy Stardust" だ。これを聴くとギターを弾く Ziggy は上昇や下降を宇宙空間で行うような星屑でないことは明白だが、当時のUKのロッカーたちのひそかな流行だった Japan もしっかりと入っている。単に "Cat from Japan" と言ってるだけだが、Queen の "Killer Queen" の中の "Geisha Mainer" と同様雰囲気なのだろう。ただこの曲では、以前からずーっと心に引っかかることがある。"Ziggy plays guitar" なのだ。guitar に冠詞がないのだ。通常なら定冠詞の "the" が付くはずなのだが、なぜ付いていないのか。もしかしてそれも Bowie の狙いなのか。
 実は次の "Suffragette City" もずーっと心に引っかかっているのだ。"Suffragette" は辞書を見ても「婦人参政権論者」といった意味しか出てこないが、この曲のみならず、Paul McCartney & Wings の "Jet" も "Suffragette" と叫ぶのだ。確かUKは日本よりも後に婦人参政権が国会で承認されたと思うが、なぜこの言葉がそんなに歌われるのか。
 そして最後に "Rock & Roll Suicide" で "Wonderful" というコーラスと共に少しドラマティックに幕を閉じる。
 私の手許にある初期の日本盤CDには、さらに追加して "Velvet Goldmine" が入っている。数年前 David Bowie なのかそれとも Ziggy Stardust なのかをモデルにしたような、'72年前後のグラムロックの時代を描いた同名の映画があった。あまり映画を見る方でもないので、さして面白いとは思わなかったが、Bowie はこの映画に自分の曲が使われることを拒否したそうだ。正解だった。
 どうせなら、その頃の Bowie のドキュメントがあれば、ずっと面白いように思う。バイだと公言しつつもアンジー(そう、Rolling Stones の "Angie")と一緒だし、ジェンダーのはしりみたいな格好をして、Mark Bolan や Andy Warhol, Lou Reed などとお祭り騒ぎだったのか、でも案外普通だったり、どこまで計算していたのか、パンクの頃よりも頭の良い連中が多かった分、時代を感じることが十分にできそうに思う。
 ついでながら、近田春夫の「星屑兄弟の伝説」はなんか関係あるんだろうか。どっちでもいいことだけど。

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