1974/11/05
1.墨絵の国へ
2.何かが海をやってくる(インストゥルメンタル)
3.タイムマシンにおねがい
4.黒船(嘉永六年六月二日)(インストゥルメンタル)
5.黒船(嘉永六年六月三日)(インストゥルメンタル)
6.黒船(嘉永六年六月四日)(インストゥルメンタル)
7.よろしくどうぞ(インストゥルメンタル)
8.どんたく
9.四季頌歌
10.塀までひとっとび
11.颱風歌
12.さようなら
ロックファンというのは、自由だ愛だといった歌をしょっちゅう聴いているくせに案外保守的な姿勢を持つ人も少なくない。曰く、日本の曲はねぇ、とか、女はねぇ、とか。ロック聴いてて偏見持つってなんか皮肉。聴いたけど合わない、自分にはどうも合わない、というのなら分かるけど、ロックに食わず嫌いならぬ聴かず嫌いは似合わないと思う。
それはともかく、日本のロックアルバムの中からベストアルバムを選ぶとなると、「黒船」は必ず入るな。まず何を差し置いても「黒船」。後は意見が違っても、まずは「黒船」。寿司屋で最初に白身を口にするように、最初にラーメンのスープを確かめるように、お作法のようなもんだと思う。
'70年代前半、日本語ロック論争なるものがあったそうだ。はっぴいえんどが日本語で歌ったことに対して、内田裕也からロックは英語で歌うものだという意見があり、喧々諤々あったそうだ。
その話を最初に聞いた時、実は私、笑ってしまいました。"Johnny B Good" を「あいつがお~れに言うことにゃ~」なんて歌ってしまう下品なオヤジが「ロックは英語で」なんて言ってたなんて、ほんまでっか? うっそー、嘘ちゃうんのん! 人を笑わすにもほどがある。
ま、これ以上ははっぴいえんどで触れる話題かもしれないので、深くは触れないとして、そんな論争を知ってか知らずか吹き飛ばしたバンドの一つが、サディスティック・ミカ・バンドだ。そして同時期に、一緒にツアーをしたこともあるキャロルだ。内田裕也はキャロルに言わなかったのかなぁ、「英語で歌え」って。同時期に日本語でプログレもってことを実証した四人囃子もいた。グダグタ言うよりやってみろってことか。英語でも何語でも関係ないのだ。ロックは英語でなんて偏見がここにもあった。
ミカ・バンドはトノバンこと加藤和彦がイギリスで見てきた、影響を受けたことをベースに、やってみたいことをやったようなバンドだった。"Sticky Fingers" あたりの Rolling Stones や 当時流行のグラム(T. Rex や David Bowie)の影がちらほらと見える。それはファースト・アルバムに顕著だが、セカンド・アルバムとなるこの「黒船」は、プロデューサーに Chris Thomas を招いて作成された。Beatles の "The Beatles"(いわゆる "White Album")で苦労した当時気鋭のプロデューサーだった(らしい)。
どうして「黒船」というコンセプトにしたのかは分からないが、「黒船」にまつわる幕末をテーマとしたこのアルバムは、もしかしたら英語だ日本語だあーだこーだと喚いている一部ロックの聴き手には嘉永六年(西暦1863年)に強引にも日本にやってきた黒船ほどのインパクトがあったのかもしれない(尤も、最初から聴かなかったのかもしれないが)。
アルバムの始まりは今井裕のキーボードの音からだ。今から思えばいかにも'70年代前半の音だ。小原礼のベースが加わり、高くて細めのスタイルそのままの加藤和彦のヴォーカルが流れてきて、そしてミカと高橋幸宏の声が入ってくる。アルバムの開始を告げる「墨絵の国へ」が終わるとともにベースのリズムが一変し、高中正義のギターが流れてくる。「何かが海をやってくる」だ。ここまでがアルバムの長い導入部という構成だ。
そして次はインパクトのあるイントロから始まる「タイムマシンにおねがい」だ。このイントロのドラムを聴くだけで、高橋幸宏のドラミングの基本パターンはこの頃既に出来上がっていた印象を受ける。ミカはスタジオで何度これを歌ったのだろうと思うほどだが、サディスティック・ミカ・バンド最高の、そして日本の女性ヴォーカル曲最高の一曲になっている。結構ピアノが良い感じである。また、終わり方がフェードアウトではなく、「タイムマーシンに~おーねがい」のリフレインが続く中で、「タイッ」と切れているのも良い選択だ。
ここでまたインスト曲が始まるが、今度は高橋幸宏のドラムから入り、高中正義のギターがうなる。タイトルの「嘉永六年六月二日」は実際にペリーがやって来た日である。曲調が変わり人の声(うなり声や雄叫びみたいなの)が入り、翌日(嘉永六年六月三日)に移る。二日が黒船がやって来てこれから何かが起ころうとしている緊張感を伝え、三日がそれに続くてんやわんやの大騒ぎなのだろうか。ギターが、楽譜にすると16分音符と8分音符の連続で五線譜上を右上がりに進む、ネック上の左手が薬指と人差し指を主に交互にフラットを進みながらスライドしていく、といった盛り上がりの後、一変して一夜明けた後の穏やかな海を思わせる四日に移る。日本の歴史ではこの日から「日本の夜明け」に向けて大きく動き出すのだが、それをイメージしたのだろうか。大きなうねりを表現しながらアナログ盤時代のA面が終わる。
アナログ時代のB面の始まりは何やら賑やかな「よろしくどうぞ」を前奏とした「どんたく」から始まる。開国をし、異人さん達が居留区で休日を楽しむ「どんたく」の中の「お祭り騒ぎ」に呼応した「よろしくどうぞ」から、高橋幸宏のドラムによって「どんたく」が始まる。そのイントロの特徴のある音はジーンズのジッパーをサンプリング(とは当時は言わなかっただろうが)した音らしい。「どんたく」とはオランダ語の日曜日 "Zontag" からきた言葉で、日曜日のお休みを楽しむ異人さんを見たというモチーフで楽しい曲となっている。七曜制は平安時代には日本に入っていたが定着せず、江戸時代の商店の休日は例えば2の付く日を休みにするなど、10日毎であったようだ。
「休日はどうなってますか」
「2の付く日が休みや」
「ようけありまんねんな。2日、12日、20・21・22、、、」
という花紀京のくすぐりが面白かった。
次の「四季頌歌」は淡々と日本の四季を表現する曲だが、ここでは異人さん達に日本の四季の移り変わりの美しさを伝えようということだろうか。春の次に入る間奏は梅雨と梅雨明けを告げる雷である。
「塀までひとっとび」はファースト・アルバムにも少し通じるようなノリの曲で、久しぶりにミカのメインヴォーカルである。歌詞にそれほど意味はないが、UKでも "Suki Suki Suki" としてシングルカットされたようだ。次の「颱風歌」は小原礼の曲で、前曲との連続になっているようでもある。かつては日本に来る異人さん達は台風シーズンをどう把握し、発生した場合はどう予測するかが、航海上大きな問題だったことだろう。
そして加藤和彦調の「さよなら」で静かにアルバムの幕が閉じていく。
このアルバムは "Black Ship" としてUSやUKでも発売された。今でもUS盤はファーストアルバムと合わせて選曲したCDとなって売られている(いつもUSではUKを含む外国のアーティストのアルバムは2枚のアルバムから適当に選曲して1枚にするというUS盤を出すのがお好きなようだ)。そして '75年には Roxy Music と全英ツアーを行っている。それについては "Live In London" で取り上げたいと思っているが、Sting や Japan のメンバーはかなり影響を受けたという。Police が活躍していた頃、なんか高橋幸宏みたいなドラムだなぁなんて印象を受けたことがあったが、そういうことだったのか。
PR
COMMENT