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気楽に考えていることや過去記事(終了サービス)の再アップロード(音楽レビューやアクアリウム)等

CSTAの気楽な日々

   

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或る昭和の記憶 自叙回想 入学(三)

さて、入学当初はおとなしく振り舞っていたが、生来の内に秘めた気の強さが表面に暴露。教室でも騒ぐ、友と暴れる。兎に角、手に負えないヤンチャ振りを発揮。

福田先生も少々の責では収まらない。この坊主に手を焼かれたことだろう。その反面家では物静か、二歳違いの妹を泣かすことは度々であったが、私の学校での行動については全く知らない母は、参観日の後の個別懇談でこんな会話があったそうだ。

「うちの子は無口で一寸大人しい気がする。もう少し、活発に行動すればよいのに」

「そうでしょうか。元気すぎるのは結構だが、もし大きな怪我でもしなければと見ている」

母は複雑な気持ちで学校で休憩時の私の行動を陰から見ていたらしい、

矢張り先生の仰言ったとおりであった。然し母は私に忠告はしなかった。厳格な父と話し合った結果、黙って見守り、おおらかに楽しく過し、それで健康に育てばとの考えであったそうだ。

母はただ私にこう言った。

「晩寝る時に、今日のことを思い出し、悪いことをしたと思ったことは二度としないこと」

優しくそう言った後、にっこりと微笑した。

「遠い所へ遊びに行くな。危ない所へ入って遊ぶな、川で遊ぶときは浅い所で遊べ」

毎日々々祖母から耳が痛くなる程聞かされる。気の強い祖母だが真剣に心配し、注意してくれるが、又かとうんざりする。

母のいう言葉、即ち、一日を振り返り良い行いについては持続し、自分のなしたる行動が正しくないと判断したら改める方向へ努力せよとの意であろう。


学校から帰ると鞄を部屋に放り、母から小遣い銭を貰い、駄菓子屋で物色し、又学校の校庭で遊ぶ。学校の西側の桜の木の下に、日露戦争当時の魚雷、水雷が各一個ずつ設置してあり、それに登ったり、又滑り台等遊ぶ道具には事欠くといったことはなかった。併し、遊ぶ範囲も段々と広くなり、薄暮にこっそり帰宅するといったことも再々であった。

幼稚園に行った経験は全くなかった私であったが、絵を描いたり、勉強も皆と比較しても遅れをとることもなかった。冬休みの宿題の絵は行内展覧会で銀賞を獲得することも出来たのだ。一念願無事に過ごすことができた。

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