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気楽に考えていることや過去記事(終了サービス)の再アップロード(音楽レビューやアクアリウム)等

CSTAの気楽な日々

   

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或る昭和の記憶 自叙回想 入学(一)

優しく、そして聡明な兄が岐阜市の丸物百貨店で買って来て呉れた黒の牛皮のランドセル。これを小さな背に負い母に手を引かれて校門を潜る。希望と不安の入り混じった朝であった。

父の赴任地であるこの山奥の小さな町へ家族ぐるみ移り住むことになったのが昨日である。父、母、祖母そして五人の子供の八人もの家族である。

私は真ん中の二男坊。一年生入学であるが一日遅れである。担任は福田先生といい、四十年配の温厚な優しい感じ。常に笑みを含み幼児に接する表情は初めての先生という、学校での親替りに直面し、心なしか不安を解消して呉れる。今まで幼稚園にも通ったことがなく、初めての集団生活であり、見知らぬ土地のそういった生活に一抹の心細さを感じた。温かみのある手で私の右手を握り教室へ連れて行って下さった。

校庭には桜木、しかも老木が多く、四月十日前後になればこの寒冷の地にも爛漫と咲き誇る。まことに見事の一語に尽きる。

教室の窓から外を見る。朝の斜光を受け輝くように咲き競っている姿が見え、本当に美しい。優雅な感じを呈する。

ここは岐阜県郡上郡八幡町である。父は土木技師、主として橋梁が専門である。

昭和十一年四月南へ約二十五粁の美濃太田町(現美濃加茂市)の土木出張所長から八幡町の出張所長としての赴任である。土木出張所は内務省の管轄であり、高度な技術を身につけ、国内は勿論のこと、朝鮮、台湾等へも辞令に従い転任する場合も往々にある。木橋の流出、あるいは老朽化したものを永久橋に架換工事。その予定されたこの地への転勤であったんであろう。

この地は本当に風光明媚、長良川の支流、吉田川の清流があり、郡上藩の城下町。城山には小さい乍らも立派な八幡城がある。

郡上踊りはあまりにも有名で気高い。特にお盆の踊りは七月の下旬から九月初旬まで時には夜を徹して踊られる。寺院の多い町で毎日どこかの寺院の境内、或いは広場で賑やかに催される。通行を遮断して道路一杯に繰り広げられる場合も多々見受けられる。

起源は約三百年前、郡上藩主が農民の苦境に直面したことを案じ、踊りを通して、地域住民の心からのふれあいを深める意味で広められ、常に倹約を旨として、住民ともども質素に暮らされたそうだ。

盆踊りの唄として「郡上のなあ、八幡出て行くときは、アソレンセー雨降らぬに袖しぼる」の川崎、春駒、三百、松坂、ヤッチャク、ゲンゲンバラバラ、それに猫の子等々、数多くあり、そのどの歌詞も仲々情緒豊かと言える。

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